テルアビブで3月9日、アラブ人女性が初めてミス・イスラエルに選ばれた。 栄冠に輝いたのはラナ・ラスランさん(21) 中央、写真はAP。 イスラエルの人口約590万人のうちアラブ人は約100万人を占める。 ラスランさんは「私がアラブ人であるかユダヤ人であるかは重要ではない。 私たちが一緒に暮らせるということを世界に示さなければならない」と語った。 写真右は昨年のミス・イスラエル、リノール・アバルジアさん。 コメント 写真で見えるヘブライ語は、「マルカット ハ・ヨフィー」、「美の王女」です。このページ先頭へ
このページ先頭へまえがき、からの引用 自分の心がわからなかったり、自分の人生に不安感や不満をもって苦しんだ覚えがある という人は多いのではないでしょうか。私も若いときはとくにそうでした。 .... そんなときに出会ったのが、C・G・ユング(1875-1961)の心理学だったのです。 そして研究者としてユングと深くかかわっていくうちに、ユングの理論に基づいた心理療法を おこなう現在のカウンセラーの職に就いたというわけです。 .... 「悩み」とは、自分の意識と無意識がせめぎあい、葛藤することによって生じるというのです。 つまり「悩む」とは、自分の心の奥のほんとうの声を聞くための第一歩なのです。 私たちは悩むことによって、自分の心のあり方を知り、その行方を見守ることができるように なります。 そして、心の奥から聞えてくる自分の声を聞くうちに、私たちの心はいつしか楽しく弾みはじめ、 やがて、自分らしい人生を過ごすことができるようになってゆくのです。 .... 人生の意味は、そもそも自分で見つけるもの。 そして悩むことは、それを見つけるための第一歩なのです。 ....
目次の紹介 第1章 あなたの心のエレルギーは、なめらかに流れていますか --- 悩むことには価値がある 第2章 ユング心理学でわかる「自分の深層心理」 --- 夢で自分をもっと深く知る 第3章 ユング心理学で知る「自分の性格タイプ」 --- あなたの悩みはどこからきているのか 第4章 「夢」には悩みを解決するヒントがひそんでいる --- 夢は無意識の世界からのメッセージ 第5章 夢を解くための小さなレッスン --- シンボルをどのように解釈するか
本文の中から、第5章を少しだけ引用 夢と上手につきあうために「夢日記」のすすめ これまで見てきたように、夢というのは、自分の心が写しだす映画のようです。 そう思って注目してみると、夢はたいへんおもしろいものです。 まず、自分の夢に興味をもって下さい。 大切なのは、とにかく自分で夢を書きとめてみる、表現してみるということです。 すると、ボンヤリしていた夢がくっきりと輪郭をもって見えてきます。 「書く」ということは、意識化する第一歩なのです。 見た夢の内容を人に話すこともいいですが、 話すときは、自分の印象に残った場面にかたよりがちになりますし、形として残りません。 書く場合は、覚えている夢の情景を思い描くように思いだすことになり、よりありのままに 夢を再現することができるのです。 また、文章や絵で夢を表現していくと、夢の内容をより忠実に形に残すことができるので、 そのあとは、安心して見た夢を忘れることができ、心が軽くなります。 だから、夢を書きとめるのと書きとめないとでは、とても意大きな違いがあるのです。 時間をおいてから、書いた夢を読み直すと、ひとつの夢でも、いろいろな角度から見ることが できるようになります。 夢が伝える心のメッセージは、そのときにわからなくても、ずっと先になって読むと、 「なるほど、あの頃自分の心はそう感じていたんだ」とわかることがよくあるのです。 夢は、自分が自覚していない無意識の心の表現ですから、見た直後はなかなかその意味が わかりません。 夢は、日常会話の言葉では表現できない、無意識の内容が象徴的(寓話的)に暗に表現されたもの であり、イメージで構成された世界ですから、その意味を文字どおりに受けとることはできません。 だから、私たちは書き記した夢に関して、一種の連想ゲームのような作業をしながら、 夢の内容をていねいに見て、味わって、その意味を了解してゆくのです。 とにかく、朝目覚めたときに夢をまだ覚えていたら、記憶が新しいうちに、「夢日記」を つけてみましょう。 書いてみると、夢にはなんらかのストーリーがあることがわかります。 最初はむずかしいかもしれませんが、まず、誰が、いつ、どこで、何を、どのような理由で、 どのようにしたのか、5W1Hを思い起こしながら書いてみてください。 すると、しだいに書きだすことにも慣れますから、すぐに2〜3行になり、1頁になるはずです。 夢を書き記していくと、途中であいまいになったり、つじつまが合わなかったりします。 実際には夢で見ていないことも、「たぶんこうだろう」と思って書く場合もあるでしょう。 それでもかまいません。書くことをきっかけにして、何かが思いだされる。 それは自分の意識と無意識の心の延長線上にあるものなのです。 それを確認することも大切なことです。 そうやって、夢を書きとめることによって、私たちは自分の心と問答することができるのです。 ....
あとがき、からの引用 夢を味わい、何をメッセージとし受けとめるかは、正解というものがあるようで、ありません。 だから、性急に答えを求めると、かえって思い違いや混乱が生じ、自分で自分をふりまわして しまうという落し穴があります。 にもかかわらず、「夢」やビジョンといった内的イメージの探索を通じて、自分の心の 「深層世界」に関心をもつことの大きな意味を知ってほしい。 そして、自分の夢のビジョンと対話し、自問自答し続けることの面白さと難しさ(スリル) について、少しでも伝えられたら、と思ってまとめてきたつもりです。 またユング心理学入門としての基礎知識を知りたい方への要望にこたえられたら、 との願いもこめて書きました。 自分自身の「無意識」という未知の可能性に注目する。 そのことによって、それらが、私たちの身近な問題や心の不安、悩み、癒しとどうつながって いるのかを考え、そして「自分の人生を大切に生きる」ヒントになれば幸いと存じます。 ...
この本を推薦します
私がこの本を見つけたのは、小さな町の本屋さんの女性作家のコーナーでした。 本の表紙や挿絵などを含めて、若い女性の読者にターゲットを向けているようにも見えますが、 男性にも、そして若くない人々にも、共通して気軽に読める本だと思います。 全265ページ、定価1,143円+税、1999年1月31日初版。 この本を読むと、夢の重要さを知らされます。 私の知識では、聖書の中の物語で、よく「夢」を見る、あるいは「夢解き」をする人物が登場する のを知っています。ヤコブやヨセフなど。これは神からのメッセージであることが多い。 また、近代でも音楽家や画家など、創造的な仕事をする人は「夢」からヒントを受けているらしい。 夢をよく見る人、見ない人 私は後者だと思っていましたが、この本から「夢日記」というのを少し試してみて、そして 気づいたのですが、毎日きちんと夢を見ているのですね。 夢を記録してやるぞ、という意識が無意識に作用しているのかもしれません。 ※夢日記、自分でも笑ってしまうような傑作ができる、こともあります。 この本「自分育てのユング心理学」が主張していることを繰り返します。 本当の自分は「無意識の中」にいて、意識している自分の方が仮面の姿です。 人は、「夢」を通して、本当の自分と会話ができるようにもなる、そして 意識している自分を変えることが可能です。 本当の自分は、もっともっと素敵なのですから! このように勇気づけてくれます。 そういえば、音楽家バーンスタインがユングを引用して言っていたこと。 無意識をたまごの殻がつつんでいて、その殻が薄い人には、無意識から生まれる創造性が たまごの殻を透してしみ出してくるというもの。 例えば名曲のヒントなど。 自我の強い人ほど、そのたまごの殻は厚く、しみ出しにくくなると。 人は、社会性とかいう常識で自分を縛ってゆくうちに、その殻が固く厚くなってしまうと。 興味のある方は、こちらを参照してください。
バーンスタイン音楽を語る:いうべきこと
クリスマスには、昔からキャンドルサービスという、ろうそくを灯して礼拝する慣習があります。 これは、一説として、イスラエルの「ハヌカの祭り」に由来すると言われています。 さて、 キリスト教では、クリスマスと復活祭が宗教的に重要な行事です。 春の行事である復活祭(イースター)の方は、クリストャン意外にとって馴染みが薄いのですが、 イエス・キリストの復活を祝う祭で、新約聖書には、イエスは十字架で磔となり、その3日後に 復活したと書かれている。 クリスマスは、新約聖書で書かれたイエスの生誕を祝う行事。 これは誰でも知っていることですが、クリスマスの意義ついては深い意味がありそうです。 宗教的なことですが、少し勉強してみます。ここからは全て引用です。。。このページ先頭へ砂漠的宗教と地中海文明 砂漠的環境に住んでいる者は、大自然と恐ろしい猛威と戦いながら、 自然の力よりももっと強くて自分たちを救ってくれるものはないかといって、 より大いなるもの、神を求める気持ちになる。ここに宗教の発生があります。 従って砂漠的環境における宗教では、神は絶対であって、人間は小さな存在でしかない。 一方、地中海に面したギリシャなどは、温暖な気候で、産物が豊富な所です。 それに海を利用すれば、どこへでも自由に行ける。 それで人々は、よく考え、科学し、哲学する。また芸術を志すならば素晴しいものを 造ることができる。これがギリシャ文明というか、ヘレニズム文明の特徴です。 ヘレニズム文明は人間中心の文明です。 人間は偉大である、偉大になれるという考えがその根底にあります。 今に至まで、西洋はその脈をひいています。 そして実際に、偉い者が出てくる。それを見ると、人間を賛美せざるをえなくなる。 ここに砂漠的文明と地中海の海の文明という二つの対照的なものがあるような気がします。
ギリシャ思想を包容した宗教 当時は、ギリシャ文明すなわちヘレニズム文明の栄えた時代です。 それなのに、砂漠的な宗教であるユダヤ教から生まれたキリスト教が、どうして ギリシャやローマに伝わり、ヨーロッパに広まることができたのでしょうか。 その一つは使途パウロの功績です。 けれども、パウロ以前に、イエス・キリストが説いた福音そのものが、 ギリシャ思想を充分消化し、包容できるものだったからです。 イエスの時代、エレサレムは宗教の本場でしかもユダヤ教が形骸化していた所ですが、 これと比較して、イエスが伝道していたガラリアの地では新しいギリシャやローマの文明 の風が吹き、自由な空気であって、対照的だったことがわかります。 ガラリアの人々はギリシャ文明の影響を受けていましたから、人間は自然の暴力の前では 小さいものだという考えよりもむしろ、人間は尊い、偉い、そしてやれば何でもできる という風潮の方が盛んでした。 「人間らしい人間であれ」というのがイエス・キリストの宗教の中心ですから、 エレサレムのコチコチの宗教者との間に衝突が起こったのは当然のことです。
クリスマスは、人間に神の霊が宿ったことを祝う ギリシャ思想的に、人間は尊い、偉い、人間は素晴しいというだけでは問題です。 文明が進み、人間は何ものにも勝って偉いんだと思い上がるならば、それは人間の傲慢です。 なぜならば、人間は物質を征服できるかもしれませんが、自分の心を征服できないからです。 神の霊が私たちの肉なるものに臨むときに、人間が尊くなるというのがイエスの教えです。 自分の肉なる性質は自分の力で抑えきれないが、霊と肉との調和がとれた人間らしい人間、 神の子といってもいいような人間が発生する、ということです。 クリスマスは、イエスという人間に神の霊が宿った、すなわち、神の生命が宿って生み出 された人物の出現を記念するお祭りです。 神の生命が宿ることを、神学的には「the Incarnation」といいます。 肉なる者に神の永遠の生命が臨む。ここにおいて人間は尊いのです。
街の通りで慈善活動しているクリスチャン系の外国人を見かけることがある。
時々そんな慈善のパンフレットや小冊子をもらって目を通すのですが、
読み捨てるには惜しい教訓を発見することがあります。
そんな中からの紹介です。
"Good Thots Love part 1"--Japanese という小冊子から
このページ先頭へテーマ30. あなたと出会ったことで、誰かが心にぬくもりを感じただろうか? あなたが話しかけたことを、誰かが覚えているだろうか? 今日という日がまた過ぎようとしている、一日の労苦も終わった今 誰か、あなたに、優しい言葉をかけてくれる人がいるだろうか? 一日一日が素早く過ぎ去っていく、今晩、床について 今日出会った多くの人の内、ひとりでも助けたと、あなたは言えるだろうか? あなたの行いや言葉で、ひとりでも喜びを感じただろうか? 望みを失っていた人が、ひとりでも勇気づけられただろうか? 一日は無駄に過ぎ去ってしまったのか? この一日をどのように過ごしたのか? あなたが後に残したのは、優しさの足跡だろうか? それとも、不満の傷跡だろうか?
テーマ40. 地球は丸いと言う、だが、四角いと思うことがよくある あちこちで角にぶつかって、小さな傷がたえないから だが、世界中をめぐりめぐって、人生の真理を発見した それは、一番ひどく傷つけてしまうのは、自分が一番愛している人だということ ろくに知りもしない人にはお世辞を言い、つかの間の客をもてなす だが、一番愛している人には、ついつい思いやりに欠けた扱いをしてしまう
テーマ56. ある子供の祈り: 神様、どうかすべての悪い人を正しい人にして下さい。 そして、すべての正しい人を優しい人にして下さい。
coffee break
"Good Thots" これは "Good Thoughts" のことだそうです。 これからも感銘に残る話を拾ってきたら、ここに追加して紹介するつもりです。 さて、感想というか自戒のつもりで少しだけコメントを残しておきます。 コメント/テーマ30 時間に流される現代人にとってこのような自問は決して易しくはない。 毎日でなくとも、週一ぐらい、いや、たまには考えてみたいですね。。。 コメント/テーマ40 人生の全てを知り尽くした長老の「愛」についての貴重な教訓。 これが真理trueだとすれば、真理に逆らうためにはどうすべきか。 答えはなく、神が人に与えた生涯の課題であり、テストかもしれません。 聖書では繰り返し教えていること。 十戒には「隣人を愛せ」とあり、世界を愛するよりも隣人を愛すことの難しさ、 隣人を愛するよりも自分の妻、子、両親に思いやりを続けることの難しさを。 コメント/テーマ56 神は「正義と慈愛」ですが、人には必ずしもそれが両立しないのが現実。 聖書の中では、 モーゼは「正義」の人で厳しい人物であったが、イスラエルの民から愛されたのは、 モーゼではなく、その兄アロンの方で、彼は「優しい人」であったと言われている。 「正義と愛」の両立については、次の物語「The poor and rich alik」が参考になります。このページ先頭へ
裁きに於て、誰かを、彼が金持ちだからより良いとか悪いとか、 彼が貧乏だからより良いとか悪いとかを、我々は考えるべきではない。 裁きをするような時には、人々は法律のみの基本で扱われるべきである、 法律の前に全てが平等で扱われれるべきである。 あるケースでどちらのパーティも他の側に反して立つべきでない、 まさにそうすれば両者の間に違いがあらわれないようになろう、 ということにさえ我々は、用心すべきである。 昔、貧しい人が2週間後にローンを返すと約束して、裕福な商人から大金を借りた。 2週間が過ぎ、さらにもう2週間が過ぎた、しかしその乞食は彼の負債を返さなかった。 金持ちにとってはそれは小さな金額であったが、その乞食にとってはとても大金であった。 ついにその裕福な商人はその貧乏人の住んでいる所にやって来て、ドアを荒々しくたたいた。 「わたしの金を返してくれたかい?」と問うた。 しかし貧乏人は答えた、「いいえ」 金持ちは言った、「それならば、わたしと一緒に法廷の前に来なければならない、 そして何があなたになされるか裁きが決めるであろう」 すぐに町の人々は何が起こったのかを知った、なぜならば小さな町のゴシップは スポンジの中の水のようであり、すぐにどの隙間も満たされる。 金持ちが貧乏人を裁きの部屋に引っ張って行く時に、 町の全員が寂しそうな彼の後ろに行進して集まって来た。 「来て法律の事例を裁いてくれ」、と金持ちは裁判官に叫んだ。 それで裁判官は黒帽子と裁判コートを着てテーブルの前に座った。 法廷は町の人々でいっぱいになった。 商人がローンの事とその約束が破られた事を告げたのを誰もが聞いた。 それから、負債を返せるほど金を増やせなかった、という乞食の話を聞いた。 突然、法廷は口笛でうるさくなった。 「その商人はお金を必要としていない」 「彼はそれ無しで十分な金を持っている」 「彼がそれを全て失ったとしても、それはそんな小さな額なのだ」 「なぜ彼はその金を忘れられないのか、慈善として数えないのか?」 しかし裁判官は「静かに!」と叫んだ、そして沈黙が満員の部屋いっぱいに広がった。 「さあ評決を宣言する」と裁判官は言った。 「この乞食は、ただちに彼が所有している金を返さなければならない。 それが正義である。そして正義が要求しているところのものである」 人々は驚いた。 しかし彼らが再び口笛を始めるであろうその前に、裁判官は立ち上がった。 彼は黒い裁判官の帽子を脱いで、それをひっくり返した。 彼は言った、「さあ、あなたがたから慈善を集めよう。 あなたがたのポケットに手を伸ばして、この貧しい人が負っている金を 我々の金持ちの隣人に支払えるように、彼を助けなさい。 それが慈悲です、そしてそれこそが慈悲が要求しているものです。」 法律の冷たい現実を良い社会の暖かい生活にするのは、正義と慈善の結合である。 そしてそれはいつもそうなってゆく。上記は、連載読書コーナー:講座#13の抜粋です。 全文はこちらを参照
When a Jew seeks wisdom 第15章「The value of judging」
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