第4回サマーセミナー報告

飯山一平

(東京大学大学院農学生命科学研究科)

 

T.はじめに

農業土木学会に所属している学生および院生による自主企画である、スチューデントサマーセミナーが、1999年8月5日から8月7日まで、神奈川県三浦市の油壺にて開催されたので、その経緯について報告する。

第4回となった今年は、自分たちで農業土木とは何かについて考える、ということをテーマにした。過去三回のサマーセミナーでは、テーマに沿った話題提供をして下さる講師の方々を募り、それを受けて学生および院生が討論をしていたのに対し、今回は、オブザーバーとして参加して下さった先生方の助けを借りながら、参加者自身がテーマについて討論する形を取った。

 

U.企画の経緯

昨年鳥取で行われた第3回サマーセミナーの終わりに、すでに東京大学の飯山が企画代表となることが決まっていたため、1999年2月下旬に飯山および愛媛大学の竹下がセミナーへの参加を呼びかけて企画が始まった。呼びかけには、昨年のサマーセミナーでできあがっていたメイリングリストを活用したほか、立ち上げ当初より企画に参加していたメンバーによる知己への働きかけを行い、参加者の裾野を広げようとした。企画進行と平行して、学会誌の会告およびサマーセミナーホームページの作成を通じて参加者を広げ、学生・院生の参加者は最終的に過去最多の11大学、34名となった(省略)。

企画立案についての意見交換は、ほとんどすべてメイリングリスト上で行った。しかし、テーマについて意見がなかなかまとまらなくなった1999年6月下旬には、企画に携わる者たちのうちで東京に来ることのできる者で集まり、直に話し合った。セミナー当日についての具体的な段取りは、ここで大きく進展した。

参加者がセミナーに対して持つ意識を具体的なものとするために、前回のサマーセミナーに倣い、セミナーについてのプレアンケートを実施した。同時に、テーマについての理解を深めることを目的として、参考文献を出し合った。

 

V.セミナー当日の概要

まず、農業土木について考える、という大きなテーマを、一.これまでの農業土木の長所及び短所について、二.自分たちができること、したいことについて、の二段階に分けてセッションを行った。

また、各セッションは、ひとりひとりの発言の機会を増やすために参加者を三つのグループに分け、それぞれのグループで討論を行って意見をまとめ、その結果得られた意見をもとに全体討論を行う、という形で進めることとした。すなわち、1.これまでの農業土木の長所及び短所について(グループ討論)、2.これまでの農業土木の長所及び短所について(全体討論)、3.自分たちができること、したいこと(グループ討論)、4.自分たちができること、したいこと(全体討論)という手順で行われた。

 

W.討論の内容

1.これまでの農業土木の長所及び短所について、各班からの意見

十人ずつ程度の小グループに分かれての話し合いの形を取った効果からか、多様な意見が出された。それは、農業土木の長所及び短所について、意見をまとめ上げることが難しい状態でもあった。

(1)1班からの意見 農業土木の長所として、農業土木は何に貢献してきたか、について考え、以下のような意見を得た。

・食糧増産に関していえば、理論と実践がうまくリンクされている。

・歴史の中で培われてきた技術と知識がある。

・実学であり、現場に密着している。

1020年で、国民みんなの食糧を確保した。

・食糧供給という目標を達成してゆとりを生み、その結果、多産業化という社会構造の転換をもたらした。

一方、短所として、以下のような意見を得た。

・今までのノウハウはあるものの、ニーズの時代的変化に対応しきれなかった。

・どうやれば農業土木が社会に役立てるかわかっていない。

(2)2班からの意見 近代とそれ以前とで分けて考えた。

・稲作の歴史の中で生まれた事業が風土を形作ってきた。ここで、農業土木は貢献してきた。近代では、食糧増産を成し遂げた。

・近代化を支えたのは、食糧増産であり、食糧増産を支えたのが近代化である。

・現場のニーズに応えられてきたものがある。一方で行政面のニーズに流れてきて、必ずしも地域のニーズに則してはいなかった。ある面で長所であり短所である。

・何を基準にして良いのか、社会のニーズがわからなくなっている。

・国土保全にも役に立ってきた。

・今後の課題として、学問と行政を切り離して考えるべきである。

・長期的視野をもつべきである。

(3)3班からの意見 農業土木の必要性、学の細分化、転換点、客観資料の提示をキーワードとして議論を進めた。学の細分化とはどういうことか、という疑問から話し始めて、農業土木の意義を考えた。学は細分化されても良いが、適度なフィードバックをかける必要がある、という結論を得た。

また、短所としては、

・本来反映されるべき地域の意見が、十分に反映されていない。

・研究者の意見が必ずしも政策決定に反映されているわけではない。

・事業の柔軟性に欠ける。

などが挙がった。

2.これまでの農業土木の長所及び短所について、全体討論

グループ討論の結果出された、農業土木の長所及び短所についての意見を大枠で括ることは難しく、まとめることは容易でなかった。そこで、出された意見それぞれに比較的共通して関わっているであろう概念として、農業土木に対するニーズおよび農業土木のアイデンティティの二つをキーワードとして取り上げ、これらに焦点をしぼって意見を出すこととした。

(1)ニーズについて

"ニーズ"という言葉が頻繁に出てくるが、"ニーズ"とはいったい何なのか?

・ニーズに沿って行動していくことが本当に良いことなのか。

・私達は、ちょうど環境問題が何であるかがわからないように、"ニーズ"について何もわかっていないのではないか。

・食糧問題にかかわった人々が、食糧不足を解消したとき、新たなニーズを作り出したのではないか。これを繰り返した結果、我々は"アイデンティティ"を失ってしまったのではないか。

・ニーズを作り出すのは農業土木の側でなくても良いはずである。

(2)アイデンティティについて

・農業土木という分野の持つ"アイデンティティ"とは何か?

・農業土木という分野は、枠が決められないのが良いところであり、悪いところでもある。

・研究者であると同時に、技術者でもあることが一つの喜びである。

・農業土木と土木との違いが明確に出来ない。

・このように学会としての在り方を論じることで、アイデンティティを確立している過程にあるのではないか。

・農業土木という名前が付いたところまで立ち返る必要があるのではないか。

・外国の土木技術者が入ってきたときに、土木と農業土木の区別が出来たのではないか。

・農業土木というものには、土木、法律、地域社会が密接にかかわっているのではないか。

・単にお金の出所が違うという見方もある。受益者の負担を常に考える必要があることから"経済性"を無視できない。

3.オブザーバーより

ここで、オブザーバーの方々から以下のような助言を頂いた。

・「シーズ(手段・方法)」と「ニーズ」を認識した方がいい。

・ニーズの生まれる過程と、誰のためのものなのかを考慮する必要があるのではないか。

・農業土木学は、農業土木のチェック機構である。

・総論は良く出ているが、各論がない。もっと"自分"の意見を言うべきである。

4.自分たちができること、したいことについて、各班からの意見

前のセッション「農業土木の長所及び短所について」で出された意見をもとにして、これから自分たちができること、およびしたいことについて、各班で意見をまとめた。その結果、農業土木を一般に知ってもらうこと、農業土木を学ぶ上での基礎学問の重視といった意見が出された。また「土木との対決」という独創的な観点からの意見も出された。

(1)1班からの意見 これまでの農業土木は、食糧増産などの社会的要求を満たすことに貢献してきたが,これを満たすことで社会問題を解決し、結果として存在意義を新しく見いださなくてはならなくなった。存在意義をみつけるためにできることとして、「情報の開示」を挙げた。また開示の形態として、積極的開示と消極的開示とを挙げた。

積極的開示:誰も知らないことを公開することで「□□という事ができますよ」という情報を提示する。提示することで新しいニーズをこちらから開拓できる。

消極的開示:農業土木には何があるかというものを提示すること。それによって,他の分野から「それなら、○○なことをやってほしい」という新しいニーズを得られることを期待してのことである。

これらの情報開示を通じて、自分たちの学んでいることについて、農業土木を知らない人々に親しみを持ってもらうことや、社会で起きていることについて積極的に自分たちの立場を説明することができる。また、大学で学ぶことの内容を示すなど、これから大学へ入ってくる人たちに対して具体的な情報を与えることも情報開示の意図に含まれる。

(2)2班からの意見 現場あっての(農業)土木という結論を得た。(農業)としたのは、土木と農業土木を区別することができなかったためである。

特に,教育について重点的に話しあった。教育現場が細分化されていることが、全体を見るエンジニアの育成を不可能にしてきた。さらに、食糧増産といった従来の農業土木に対するニーズが失われたことが加わり、主に学生の確保を目的とした選択科目の増加、およびその結果としての基礎科目の軽視という現状となっている。ここで、基礎科目として挙げられたものは、まず数学・物理であり、続いて土質力学、水理学、水文学、構造力学、測量学、土壌物理学が挙がった。これに加えて実験・実習・現場見学などが必要である。農業土木の教育において踏まえるべき基礎を曖昧にしないような努力が必要である。また、各専門分野に分かれた後、専門外の分野との横のつながりを保つ工夫がほしい。

(3)3班からの意見 農業土木は食糧生産基盤の強化に貢献した一方で、事業の柔軟性が欠如していることや、研究成果が十分に普及していないことなどが短所となっている。しかしこれは国レベルのことで、地域に密着した活動をしていくのが農業土木であると考えるならば、地域密着型の活動方針を考えるべきである。その方向で挙げられるのは、@専門家や行政のみを対象としたシンポジウムの類ではなく、地域の一般の人々へ向けて研究成果を公開する。例えばホームページを用いた情報公開などを考える。A土木との対決と勝利を考える。その必勝戦略として、1) 事業過程の合理性の保持、2) 研究と現場との距離を近づける、3) 超エキスパートの養成(省庁,行政の言うがままにならないような人材の育成)、などを掲げたい。

5.自分たちができること、したいことについて、総合討論

このセッションの全体討論では、前のセッションテーマ「農業土木の長所及び短所について」よりも出された意見が具体的であったためか、意見を出すだけに終わらず、意見の交換が見られた。特に、3班から提示されたユニークな意見に対しては、活発な質疑がなされた。

(1)1班からの意見に対して

伊藤:情報の積極的公開と消極的公開、という風に話されましたが、それらがそのまま「ニーズの積極的獲得と消極的獲得」と言い換えることが出来るのではないでしょうか?

飯山:情報公開はニーズの獲得というニュアンスだけではなく、シーズ(手段、方法)の提示をも意味します。まだ知られてないものが新しく知らされることによって生まれるものには、ニーズだけでなく価値観というものがあります。積極か消極かは,新しい価値観の獲得,新しいものを造るという手段を人に決めてもらうか,自分たちで提示するかという違いです。

(2)2班からの意見に対して

宮原:教育の現場では教える側の問題もありますが,必要なものの判断を学生がしなくてはいけないのに当の学生には判断しにくい、と言う面もあります。学生に必要なものをどうやって与えるかということにはどんな議論をしたのですか。

大西:学生が(他分野の情報,知識を得るための)活動をすることが,例えば勉強会とかこのセミナーなどが横のつながりをもたせる活動になり,また大学内では先輩,後輩の間で教えあっていくことで,学生自身必要なものがわかってくるのではないでしょうか。

坂田:エンジニアを養成するというのは,ジェネラリストを養成するという意味でとらえたのですが,これだけ学問が細分化している今,スペシャリストこそ必要なのではないかと思うのですが。

岩永:必ずしもジェネラリストを育てたい訳ではなく,現場で動ける・現場を理解できる人間をつくるべきという論議でした。横のことも理解できる基礎学問を身につけた上で専門に進んだら,その後は細分化した勉強の中に身を置くことになるけれど,専門に分かれた者同士でも横のつながりをもてる活動があれば,ということです。

大東:僕は基礎科目を知らず、専門授業や実験を経験し、その中の過程で感じた「なぜだろう」という興味から、考えることが始まりました。「なぜだろう」というところから始まる現場理解でもいいのではないでしょうか。

大西:その議論はされてはいませんが,2班の皆もそう思っています。

佐藤:なぜあえて(農業)土木,括弧つきなのですか?この教育現場の問題点や問題提起は土木とも区別はないと考えていいのでしょうか。

大西:教育の主体となる現場とは地域全体のことなので,また,都市と農村の混住化も進んでいるので,あえて農業を主張する農業土木でなくてもいいかと意見がまとまりました.

(3)3班からの意見に対して

笹見:土木との対決とは今後をどのように考えているのですか.

鈴木:具体的には、勝ちゃいいんです。今ある建設省に研究成果という面で勝つというのが、当面の目標として挙げられます。

松本:現状では勝っているのかいるのか、負けているのか、どっちなのでしょう。

鈴木:コンクリートの話しをしに行ったときには、どうやら負けたようです。全体的に見れば、やはり負けているようなので、今後勝つにはどうすればいいのか、どういった点なら勝つ可能性があるのか、ということで「勝てる勝負をする」ための戦略を考えました。

??:現実は負けているとして、その敗因は何だったのでしょう.

佐藤:敗因は「農業土木」とは、を解っている人が少なかったことです。例えば、「農業土木」の材料施工分野で敢えてコンクリ−トを扱う理由を、その時は明確に説明することができませんでした。土木よりも知名度が低いところに敗因があるので、まずは知名度をあげなくてはいけないかと思います。

溝口:勝てる勝負、どういった面ならば勝てるかを突き詰めていけば、農業土木の今後の可能性、すなわち展望が見えてくるのでは?

竹下:勝っている面が一つあると思います。「事業過程の合理性の保持、広報」がそれです。農業土木以外の公共事業が行政主導型であり、事業の計画から実施までの手続きが煩雑になりがちであるのに対して、農業土木事業は、原則として農家からの申請によるものであり、事業の意義や透明度が比較的高いのではないか、ということです。公共事業が、現場と密接であるべきとするならば、土木に勝てる部分は、この点であると思います。

藤川:融合案というのが,農業土木との対決といったことからは出てくるのでしょうが,負けた場合のことも考えておく必要があります。農業土木が負けたとしても,「土木農業部門」にはなるけど,勝った場合の「農業土木都市部門」は考えられません。負けて吸収・融合されることによって逆に農業土木の独自性が確認されるようにも考えられます。アイデンティティの確認こそ今必要なのでは。

鈴木:負けたら、農業土木分野の存在は無くなるでしょう。でもそれを抜きにしても、確かにアイデンティティの確立は必要とされています。

松本:勝ち負けにこだわらず,基礎学問を忘れちゃいけないし現場主義であるべきだと思いますが。

宮原:基礎学問の浸透は超エキスパートの育成につながる、ということで戦略のひとつと数えました。

小林:勝利云々ではなく土木という対立相手を想定しなくても、よい研究者がよい研究をすれば農業土木分野の進展につながります。かならずしも戦う必要性はないのでは。

清水:戦うことを目的とした方向で議論していたわけではなく、戦うことで,アイデンティティが出てくればという願いを含めた意見でまとめてみました。

藤川:「研究成果の公開」について.公開するものの内容が地域なのか公開相手が地域なのか。公開する研究成果が投げっぱなしの情報になってはいけないので,その点をはっきりさせる必要があります。

清水,鈴木:従来は研究者や専門家のみを対象としていたのを一般の人や地域の人にも向けた情報発信をするということです。それと同時にHPなどでの情報公開を行えたら,というつもりでした.

溝口:この話題については一歩つっこんで誰がどのように情報を公開するかというところまで考えられるといい,できればこのセミナーのメンバーからその働きをする者が出てきて欲しいですね。

岩田:土木と農業土木の最も違うところとして,基礎学問の中に数学物理だけでなく,「生物」も加えられるところがあります。結果を深く考慮するのも農業土木の特色だと思います。

松本:2班ででた話題の一つに地域コミュニティの崩壊は土木技術の発展から生じた労働力流出なども原因しているのではということがありました。そのような面を3班の人は議論したのでしょうか。

小柳:大区画化や耕地整理と、人口流出はどっちが先に生じ、どちらがもう片方を引き起こしたのかを見極められるものではありません。ただ、そのようなことも考慮して、いかに地域に密着し地域の状態を把握したものとなるべきかが,農業土木に要求されることだと思います。

6.オブザーバーより

定められた時間内に議論がうまくまとまったとは言えなかったが、積極的に意見交換がなされたセッションとなった。最後に、オブザーバーの先生方からの意見を頂いた。

松井:これだけ白熱した議論は次回と言わず,ぜひMLなどで意見交換をしていってください。

溝口:宴会や寝不足で大変な中,これだけ議論ができたのはすごいことだと思います.いつでも若者が何かする時,老人がでてきて「今の若い者は」と若者をなじるけど,そこでくじけた若い者はつまらないヤツにしかなっていません。くじけなかった者はくじけなかった者同士でいいライバル関係になっています。論文の良いのを書く,いい研究をする,というのもそうだけど,若手を育てるのにも競い合う,という構造が同世代間であるように思います。皆さんも若者であるがゆえの障害にはくじけずに経験を積んでいってください。

議論をまとめること、議論がまとまることには期待しなくてもいいです。でも各自がこの機会のことを考えてまとめることは、とても役に立ちます。意見を出しにくかった人もいるだろうけど,議論は訓練です。回を重ねれば慣れるでしょう.

最後に今回の幹事の方,ご苦労さまでした。セミナーの準備から運営、事務処理にいたるまで働いてくれた東大の面々、ほかにも多くの学生に動いていただき、ありがとうございました。

 

X.おわりに

テーマの設定の仕方やテーマについての予備知識の整理には、改善の余地が残された。また、議論においても、問題提起の仕方や議論の舵取りの仕方、まとめ方など、課題は残った。一方で、日頃正面より向き合うことの少ないテーマに、普段顔を合わせることのない者同士が皆で真剣に取り組んだこと、一人一人が予めの答えが用意されていない問題に頭を悩ませ、考えや意見を出し合うことができたことは収穫であった。今回のセミナーについて、参加者それぞれが抱いた感想は、以下のホームページに集められている。

 http://soil.en.a.u-tokyo.ac.jp/~zico/works/summer99/voices/voices2.htm

また、セミナーについてのより詳細な情報は、以下のホームページにまとめられている。

 http://www2t.biglobe.ne.jp/~bono/seminar99/index.htm

今回も、参加者をはじめとする多くの方々の御協力により、無事セミナーを行うことができました。末筆ながら、サマーセミナーに対して御理解、御協力を頂き、当日におきましてもオブザーバーとして参加して下さった溝口先生、大槻先生、松井先生、セミナーの先輩として心を配って下さった大阪府立大学の中桐先生および千葉県環境財団の重松智範さん、そして農業土木学会スチューデント委員会委員の方々および農業土木学会事務局の方々に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。