back
愛媛大学大学院 M1 晴佐久 浩司 
農業土木と開発について



 回のセミナーを通じて、私はほとんどの人が単なる開発に対して少なからず抵抗を感じていることに安心しました。それと同時に、皆がその考えをこの先持ち続けなければいけないと痛切に感じました。では、経験と勉強不足のためセミナーで十分に言えなかったことについて以下に述べます。
 もそも農業の始まりによって人々は定住できるようになり、次第に人口が増えていった。それに伴い農業生産を上げる必要が生じたため、それまで未開の土地であった場所を開墾(干拓)するようになった。この段階ではまだ農業土木は開発といって差し支えない。ところが、科学技術の進歩により農業土木も発展していき、現在、農村空間の最良化を目指す一つの方法として注目されている。当然、農村空間の最良化には環境保全の考えも含まれてはいるが、農業土木の主目的は地域住民の生活の向上にあるため、その部外者(利益を享受しない者)側から大規模な農地造成などを見れば単なる自然破壊(開発)としか写らないのだろう。このように立場が変われば、開発は善にも悪にもなり得るから一概にどちらが正しいというのはないと思う。
 かし、よりグローバルな視野で考えた場合においては、もはや人間にとっての地球環境は救いがたい所まで悪化しているという事実が存在する。この事実を無視して議論をしても見当違いもいいところであろう。また、このまま世界人口が増え続け、発展途上国の生活能力が安定すれば、世界的な食糧不足が起こるのは火を見るより明らかである。このような将来的な問題に対して今考えなければならないことは、日本がどうするかであり、我々がどう行動するかであろう。
 20世紀において、人類は生活の向上(快適さ・便利さ・豊かさ)を求め経済を発展させ、あまりにも多くの自然を破壊してしまった。これからもしばらくは開発を中心に経済を発展させる方向で推移して行くしかないと思われるが、21世紀に向けて環境をできるだけ守ることは、現在の地球の支配者と思っている人類の義務であろう。それとは別に日本としては、まず食料を輸入でなく自給で確保できるように農業を再構築することが最重要課題であるように思います。そのためには人々の意識改革が必要である。現状のように子供の頃から受験という競争社会に置かれて育てば、根本では自己中心的にならざるを得ず、その結果、経済的豊かさを最優先に取るという固定観念が生まれているように思える。だからこそ、我々がこれから育てる子供たちには、農業の必要性や自然の大切さを今まで以上に教え、あわせて心のゆとりが持てるような社会を我々が努力して築いて行くことが大切でしょう。
 回、セミナーに参加して自分の未熟さを痛感させられました。残りの学生生活をあまり気負わずに有意義に過ごそうという気になりました。今回こういう場を設けて下さった学生委員の皆さん、並びに現地でいろいろな準備をしていただいた鳥取の学生の皆さんどうもお世話になりました。


back