水が,その表面で水蒸気に変わる現象を蒸発という.植物の作用による蒸発は,特に蒸散と呼ばれている.自然の地表面からの蒸発には,土壌面や水面からの蒸発の他に,植物による蒸散が含まれている.両者を厳密に区別することは難しいので,蒸発散と呼ばれている.
水が存在すれば必ず蒸発という現象が発生するので,ひとえに蒸発散といっても対象とする空間等によってその取り扱いは様々である.一枚の葉や1本の植物・樹木といった主に蒸散を着目する場合や,土粒子からの水蒸気拡散に着目する蒸発や湖沼からの蒸発.これらが合わさり,森林や田畑のような植物の集団(群落)を対象とする蒸発散,いくつかの群落が混ざり合ったような地域を対象とする蒸発散,さまざまな土地利用が混在した流域規模を対象とする場合,さらに大陸規模を対象とする場合もある.
蒸発散を測定・推定するさまざまな方法
- 流域水収支法or短期間水収支法
- 流域を単位として算出する方法.数ヶ月以上のオーダー.流域水文学等で用いられる.
- 降水量=流出量−蒸発散量−流域貯留量 の水収支式のうち流域貯留量が同等とみなせる期間内の降水量・流出量の観測値をもとに算出する.
- 関連項目:
- 高瀬恵次・丸山利輔,水収支法による季別流域蒸発散量の推定,農業土木学会論文集,76,pp.1-6,1978
- など
- 土壌水分減少法
- 作物1本〜数本単位を基本とする.灌漑排水・農業土木分野で用いられる.
- 本来作物の消費水量を決定する際に用いられ,有効土層内の土壌水分量の減少量を持って消費水量とする.消費水量から蒸発散量を求める場合,降雨入力による重力排水量もしくは毛管補給量を考慮して算出する.
- ライシメーター法
- 数株〜圃場単位まで容器の大きさに寄る.数時間のオーダー.作物・灌漑排水・水文学等さまざまな分野で用いられる.
- 蒸発散あるいは降水による容器の重量変化を直接、間接的に計量する方法.
- チャンバー法,蒸散室通気湿度測定法
- 個葉・作物1本を基本単位とする.数分〜数十分のオーダー.光合成測定等に用いられる方法で,作物・農業気象等の分野で用いられる.
- 植物体をチャンバーに入れ,チャンバーの入り口と出口における絶対湿度と通気量を計測し,蒸発散量を求める.
- 関連項目:
- 鴨田福也,蒸発散の測定法(W),農業気象,40(1),pp.73-75,1984
- など
- 茎(幹)熱収支法
- 作物・樹木1本単位.数分〜数十分のオーダー.作物・林学・農業気象等で用いられる.
- 茎など導管水流量の多い部分にヒーターで加熱し,周辺の温度変化を計測して熱収支を当てはめ,その部分を通過する蒸散流量を計測する.
- 関連項目:
- ヒートパルス法
- 作物・樹木1本単位.分以下のオーダー.作物・林学・農業気象等で用いられる.
- 茎などにヒーターを挿入し,蒸散流を瞬時に加熱して,上方の温度変化を計測する.
- ライシメーター法
- 数株〜圃場単位まで容器の大きさに寄る.作物・灌漑排水・水文学等さまざまな分野で用いられる.
- 蒸発散あるいは降水による容器の重量変化を直接、間接的に計量する方法.
- 渦相関法
- 平坦な地形上の群落単位.数分〜数十分のオーダー.農業気象・林学・気象等の分野で用いられる.
- 単位時間・単位面積に地表面に垂直な風速・水蒸気の変動成分を直接測定する方法.
- 傾度法
- 平坦な地形上の群落単位.農業気象・林学・気象等の分野で用いられる.
- 地表面に垂直な風速・水蒸気の平均流を測定して,算出する方法.
- 熱収支法orボーエン比法
- 平坦な地形上の群落単位.数分〜数十分のオーダー.農業気象・林学・気象等の分野で用いられる.
- 接地気層内の2高度の気温・比湿の平均値と正味放射量・地中熱伝導量を測定し,ボーエン比(顕熱/潜熱)を用いて熱収支式より算出する方法.
- 補完法
- 広域・大流域単位.流域水文学分野等で用いられる.
- 一般の地上気象観測資料から実蒸発散量を気候学的に推定する方法.Penmanの蒸発散位が地域蒸発散量に対して補完的に変化するという,補間関係式を利用して推定する.
- 関連項目:
- 大槻恭一,補間関係を利用した流域蒸発散量の推定,水文水資源学会誌,第1巻第1号,pp.83-93,1986
- 大槻恭一,三野徹,丸山利輔,計器蒸発量,蒸発散位と実蒸発散量の関係−実蒸発散量推定に関する研究−,農業土木学会論文集,111,pp.95-103,1984
- など
- ペンマン法(Penman method)
- 水面からの蒸発位,または土壌の水分量が充分にある丈の低い草地などの蒸発散位を基本とする.潅漑排水・農業気象・流域水文学等の分野で用いられる.
- Daltonの輸送式と熱収支式を組み合わせたもの.2m程度の高さの温度,湿度,風速と熱収支項(純放射量,地中熱伝導量)のデータから算定する.基本的には日単位以上.
- 関連項目:
- 三浦健志・奥野林太郎,ペンマン式による蒸発散位計算方法の詳細,農業土木学会論文集,164,pp157-162,1993
- 中川慎治,蒸発散の測定法(Z)ペンマン法,農業気象,41(3),pp281-282,1985
- など
- ペンマン・モンティス法(Penman-Monteith method)
- 植生面からの蒸発散量を基本とする.潅漑排水・農業気象・作物・森林水文等の幅広い分野で用いられる.
- ペンマン法をより一般化したもの.熱伝達に対する空気力学的抵抗,水蒸気伝達に対する拡散抵抗を盛り込み,空気力学的抵抗に植物の群落抵抗を加えることによって植生からの蒸発散量の算定を可能にしている..
- 関連項目:
- マッキンク法(Makkink method)
- 水面からの蒸発位,または土壌の水分量が充分にある丈の低い草地などの蒸発散位を基本とする.潅漑排水・流域水文学等の分野で用いられる.
- 観測気象要素が少なくても簡易に推定できる手法.ペンマン型簡略式または放射温度法と呼ばれる.気温と日照率から推定する.基本的には日単位以上.
- 関連項目:
- Makkink,G.F.,Ekzameno de la formulo de Penman,Nether.J.Agric.Sci.,5,pp290-305,1957
- 永井明博,Makkink式による計器蒸発量の推定と考察,水文・水資源学会誌,6(3),pp.238-243,1993
- など
- インターネット情報源
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