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   環境保全型農業技術の概要と課題 [1998年]

T. はじめに

 農業は本来、環境と調和して営まれる産業である。また、健康的で豊かな食生活の実現、国土保全、美しい景観の形成など豊かな環境の維持形成機能を持つ。
 しかし、農業が環境に負荷を与えていることも理解し、化学肥料や農薬などによる環境への負荷を軽減した農業生産活動(すなわち環境保全型農業)に取り組まなければならない。実際こういった動きが世界的・全国的に展開されてきている。展開にあたっては農業者の努力はもとより、消費者や農産物の流通関係者等を含めた幅広い国民的な理解と支持を得ると共に、関連する資源のリサイクルの促進などの実現にも努めるべきである。
 現在、こういった国民的な理解を得る展開としてマスコミなどにより啓発・普及、広報活動が広く行われている。しかし、それらは常に概略的であり政策、経営、流通など農業をとりまく環境へのアピールが強すぎるようにおもわれる。
 私達、農学を学ぶものとしては、そういった漠然とした捉え方から一歩進んだ、技術としての環境保全型農業というものをきちんととらえておく必要がある。同時に、この分野における農業土木的アプローチの可能性を知っておくことも重要である。
 こういった観点に立って、環境保全型農業技術というものをとらえていきたい。

 

U. 環境保全型農業とは
 環境保全型農業とは、農業の持つ物質循環機能を活かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を基本として化学肥料、農薬の節減等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業である。
 環境保全型農業の推進を図るうえでは、具体的な技術の普及・定着が極めて重要である。
 農林水産省では、今後の環境保全型農業に関する技術指導等の参考に資することを目的として、平成6年度から学識経験者により構成される「環境保全型農業技術指針検討委員会」を設置し、「環境保全型農業技術指針」の作成を進めている。
 環境保全型農業技術の適用にあたっては、それぞれの地域の自然条件、作付けの実態等に十分考慮して適切な技術を選んで、地域に適応した環境保全型農業技術を組み立てる必要がある。

 

V. 概略的技術

V-1. 土づくり  土づくりとは、土壌の物理性、化学性、生物性を改良することにより、作物根がよく伸張し、根が円滑に機能するように土壌環境を整えることである。これによって土壌の作物生産能力を向上・保全することができる。
 また、土壌水分や窒素栄養の制御による品質の向上、投入養分の利用率向上による肥料使用量の節減や、土壌の生物的性質の改善により、農薬使用量の節減が期待されることから、土づくりは環境保全型農業の基盤的技術として位置付けられる。
 ただし養分の供給については、化学肥料や養分含量の比較的高い家畜ふん堆肥等の投入する必要があるため、土づくりとは基本的に分けて考えるべきである。
 また、土づくりは根の働く環境を整えるものであり、土づくりによる地上部の病虫害抵抗性の付与までは期待できない。  

1)物理的性質を考慮した土づくり

 通気性、保水性の相反する性質を巧みに共存させているのは、土壌の団粒構造である。団粒の発達は、粒子間の孔隙を多くし、単位容量当たりの土壌の重さを小さくし、土壌を膨軟にして、作物根の伸張や耕耘を容易にする。

 団粒構造は養分の保持と放出にも関わっている。団粒の内部は、団粒表面に比べて一般に酸素に乏しく、水の出入りも用意でないために、窒素等の養分を長期間保持できる。団粒内部の養分は、乾燥等による団粒の崩壊にともなって放出され、作物根が存在すれば効率よく吸収される。土壌団粒はまた、微生物などの住み分けの場ともなる。好気的な状態を好む微生物は、団粒表面に住みやすく、嫌気的な状態を好む微生物は、団粒内に住みやすい。土壌内に性質の異なった各種の微生物の住み分けが可能となり、土壌微生物の多様性が維持される。

 水田の排水・砕土不良の改善には、心土破砕耕、暗きょ施工、弾丸暗きょの敷設、繊維質または木質資材堆肥の施用が基本的に必要である。普通畑・樹園地の排水不良の改善には深耕や繊維質または木質資材堆肥の施用が基本であり、水分保持能の改善には、ペントナイト、パーライト等の土壌改良資材の施用が基本となっている。

 

2 )化学的性質を考慮した土づくり
 作物は一般には微酸性から中性の土壌pH 下でよく生育するが、作物の好む土壌反応は作物の種類により異なる。土壌の養分含量は、作物生産に影響し、不足する場合は肥料などにより補給する必要がある。CEC は陽イオンを土壌粘土粒子表面などに交換吸着して保持する容量を示すもので、この容量が小さいと土壌中の養分が降雨などにより流亡しやすくなる。我が国に多く分布する火山性土などは一般に可給態リン酸含量が低い。リン酸吸収係数はリン酸の必要施用量などを決定する因子の一つになっている。また、土壌中にはアルミニウム等の作物生育阻害物質が含まれていることがある。

 普通畑・樹園地の養分保持能の向上には、ゼオライトや腐植酸質資材等の土壌改良資材の施用が基本となっている。

PH の矯正には各種石灰質肥料等の施用が欠かせない。繊維質または木質資材施用は、緩衝機能を増加させ、酸性雨等による土壌pH の急激な変化を防ぐ。

 陽イオン交換容量の大きい土壌改良資材の施用は、土壌養分の保持能力を増加させる。この土壌養分保持能力が増加すると、十分な養分量を作土に保持できる。

 作物への養分供給機能を改善するためには、土壌診断に基づいた適正な肥料の選択と施用量を決定する必要がある。また、家畜ふん尿堆肥等の施用は、化学肥料では供給の難しい微量必須要素を効率よく供給する。しかし、窒素など家畜ふん尿堆肥に多量に含まれる肥料成分については、その有効成分量を把握し、その分を通常の施肥量から差し引くなど、環境に配慮した施用をする必要がある。

 なお、基準を超えた養分の集積は、電気伝導度を上昇させて化学的・生物的性質を悪化させることになる。

 

3 )生物的性質を考慮した土づくり 
 土壌中にはミミズ、トビムシ、ケラ、クモ、ダニ、ムカデなどの小動物、また藻類、糸状菌、放線菌、細菌などが数多く生息している。土壌中に投入された有機物はこれら小動物、微生物により、食物連鎖的に次々と利用され分解されていく。その過程でアミノ酸や核酸分解物、植物ホルモンなど作物生育に有効な物質が生産される。また、リグニンなどの有機物の分解から生成される腐植物質やミミズなどの生成する粘着性物質は土壌細粒子を相互連結させ、団粒構造の生成を促進する。腐植物質はまた、土壌の微生物群の一定の均衡を保ち、特定の病原菌などの異常増殖を防いでいると考えられている。土壌微生物の中には、窒素固定菌などのように大気中の窒素ガスを固定してアンモニアにするもの、また、VA 菌根菌のように植物の根に共生して作物の根圏を拡大しリン酸を作物に供給するもの、作物と共生的に窒素固定をする根粒菌やフランキアなどがいる。

 土づくりによって、土壌の物理的・化学的性質が改善され、また、堆肥等の微生物のエサの施用や微生物資材の施用により、土壌生物の生息密度・多様性等土壌の生物的性質が維持・向上する。一方、土壌水分の過剰や過乾、土壌養分の過剰集積は土壌微生物の活性や増殖速度を低下させる。

 なお、土壌病原菌などによる連作障害を回避することを目的とした土壌の生物性の改良には、対抗作物を組み込むなど同一作物の連作から適当な輪作に変えることが基本となる。

V-2. 施肥  施肥とは、作物栽培において天然供給のみでは不足する栄養分を肥料として補給することである。しかし、過剰な施肥は水や大気等環境への影響が懸念されるので、生産性との調和を図りつつ、土壌の状態、作物の種類等に応じた適切な施肥を行うことが重要となる。特に化学肥料の節減を図り、肥効率を増大させることが重要である。

 化学肥料の施用は、有機物や有機質肥料の施用に比べて省力的であり、施用効果も速やかに発現することから、作物の養分要求に応じて分施するなど適切な施肥管理を行うことが可能となる。

 しかし、有機物施用や輪作などの減少と化学肥料の多量施用は、特に畑地における地力の減退、塩類集積、土壌の流亡、連作障害を激化させている。さらに、最近では亜酸化窒素発生量の増加や地下水の硝酸汚染が懸念されている。

 地下水の硝酸汚染については、特に野菜栽培地帯や茶園などで、収穫物の品質を高めるために過剰な施肥が行われる傾向にあり、濃度が高くなっている地域もみられる。

 施肥による環境影響を軽減するための基本的な対策は、土壌中に過剰な肥料成分を滞留させないようにすることである。そのためには、土壌診断により土壌の養分状態を肥握し、窒素、リンあるいは塩基類の蓄積やアンバランスを防止することである。この場合、化学肥料の成分はもちろんであるが、有機質肥料や堆肥、家畜ふん尿を含め施用資材の肥料成分の特性を肥握し、適切に使用することが必要である。また作物の生育に対応し、土壌からの供給状態を把握した、必要最小量の養分を供給することが必要である。さらに、局所施用や肥効調節型肥料などの使用により効率的な施肥体系を工夫したり、用水の循環利用など新しい技術を導入することも有効である。

 肥料成分の動きは土壌特性や土壌条件によって異なるので、この点についても適切な配慮を要する。例えば降雨時、下層への移動速度は砂質土壌など土性が粗い土壌ほど速くなるので、多雨地帯の砂質土壌における施肥については、マルチ栽培など施肥による環境影響を低減する対策を講ずる必要がある。

 

1 )土壌診断
 作物栽培において、投入されたすべての肥料成分が作物によって吸収される例はほとんど無い。肥料成分は栽培後にも土中に残存し、作物によって利用されない肥料副成分は確実に残存する。したがって、耕地土壌の性質は、作付のたびごとに変化している。1 作では小さな変化ではあっても、作付を繰り返すことにより土壌性質の変化は集積され、一度整えた良好な土壌環填が予期しない方向へと変化し、悪化する例が少なくない。こうしたことを回避するために、土壌の性質を定期的に診断する「土壌診断」を行い、そのデータを保管し経年的な土壌の性質の変化を把握しておくことが必要になる。土壌診断の結果に基づいて、従来の施肥法を修正したり、追肥を省略したりすることが可能であり、このことが土壌環境を良好な状態に保ち、環境負荷の軽減に寄与する。

 

(2 )局所施肥
 作物根域への局所施肥は、供給養分の作物による利用率を向上させることにより、作物収量を維持しつつ、施肥量が節減できることから、環境負荷の軽減にも効果的である。

 

(3 )栽培方法の工夫及び土地利用の適正配置
 我が国では、年平均降水量が2000mm を超す多雨地帯があり、こうした地帯における畑作では、窒素の溶脱が著しく、溶脱抑制対策がきわめて重要となる。多雨期間における作物の切り替えを回避する作期の移動や栽培法の改草により、窒素の溶脱は顕著に抑制される。

 栄養・生殖生長の盛期に収穫される野菜類の品質を保持するためには、収穫時土壌中にある程度窒素等の養分が残存している必要がある。こうした残存養分をも吸収できる深根性の作物を後作に組み入れた作付体系により、投入窒素量と作物吸収窒素量をできるかぎり均衡させる必要がある。

 水田は水路を含めて水中の窒素を浄化する機能を有している。また、平地林も地下水の硝酸態窒素濃度を低下させる機能を有している。よって地形連鎖を活用して、野菜畑等から流出する窒素を水田等によって浄化する土地利用の適性配置が今後とも重要である。

 

(4 )施肥基準の設置
 肥料の適正使用を確保するために、都道府県が主要農作物を中心として土壌、気象条件別の、肥料の種類及び施用量、施用時期、施用回数等を示した施肥基準を作成するとともに、普及センター、市町村及び農協が施肥基準を参考に栽培暦、栽培指針等を必要に応じて作成している。

 施肥基準における施肥量は、肥料の投入による作物の増収や品質の改善に係るコストを総合的に勘案した上で、経済的に最も効率的であると考えられる量を基準として設定している。

 しかし、実際には各農家が肥料の不足による生育への悪影響を恐れて余分に施肥したり、茶でみられるように窒素を多く施用するほど品質が向上するという考えから施肥基準以上に過剰な施肥を行っている場合がある。

 このため、土壌診断による土壌の状態の把握を基礎としつつ施肥基準に基づく適正な施肥を行うことが、環境保全型農業を推進する上で基本となる。

 

V-3. 作付体系  従来の作物栽培では、種々の作目、作物を組み合わせることによって比較的安定した生産を保ってきた。しかし近年、特定の作物生産に集中した経営の分化、専作化、耕地利用の単純化などが進行したことにより、土壌病害虫や線虫などを主因とする連作障害、地力の減退、化学肥料の多投による環境への負荷増大や土壌養分の不均衡による各種の生理障害など、種々の問題が顕在化してきている。これら問題の解決には、作付け体系の原点に立ち返って、新たな視点から対策を考えていくことが極めて重要である。

 作付体系とは、作物の時間的な組み合わせと空間的な組み合わせを示す狭義のものと、作物の組み合わせに止まらず、必要な資源の管理、資材の投入、栽培技術なども含めた広義のものがある。広義の作付体系は、いわば農法と同義的な概念で対象とする範囲が広範である。

 ここでいう作付体系は、作物の組み合わせと、作物栽培と密接に係わりのある土壌管理技術などを合わせたものをいう。作付体系の役割・機能は、作物と土壌との相互作用によって形成される土壌環境を、作付けする作物にとって都合がよい状況に改変したり、維持することである。これによって、投入エネルギー・資材の削減、作物の収量や品質の向上などが期待される。

 

1 )輪作 異なる特性を持った作物を一定の順序で作付けする輪作によって、連作障害の回避、肥料の利用効率の向上、作物の安定生産・品質の向上、さらには、環境負荷の軽減を図ることが可能になる。
 輪作は、異なる種類の作物を同一耕地に一定の順序で繰り返して栽培することと定義されている。その語意には、作物生産の基盤である土地の維持・管理技術という位置づけがなされている。したがって、輪作の機能や効果を考慮することなく、単に異なった作物を一定の形式にともなって栽培しているだけでは、それは輪作とはいえないだろう。

・作物の生育収量の向上

 作物は連作すると生育収量は低下するが、その低下の傾向は作物の種類によって異なる。この連作による収量の低下を回避する対策として、輪作は極めて有効な技術である。収量低下を回避するのに必要な輪作年限は、作物によって異なるが、総じて連作に強い作物は輪作年限は比較的短く、連作に弱い作物は長い年限を要する。

 積極的に高水準の収量を確保するためにも輪作の役割は大きい。化学肥料、有機物および土壌改良材の施用などの、多収のための技術を適切に投入することによって相当の高水準の収量を確保できるものの、さらにそれ以上の高水準を期待するには、作付け前歴に十分配慮すること、すなわち輪作の機能を十分活かすことが重要である。

2)土壌病害虫の制御

 特定の種類の作物を連作すると、その作物を宿主とする土壌病害虫の密度が高まり、ある限界密度を超えると被害が生じている。このような土壌病害虫の密度の高まりを回避する方法として輪作が有効である。このような輪作の役割・機能は本来、土壌病虫害の発生前、いわば防除以前の基本的なものとして位置付けられる。

3)地力の維持・増強

 古来、輪作は有機物施用とともに地力維持・増強のための技術として、極めて深い関心が払われてきた。その効果は多面的・総合的なものといわれている。

 輪作によって地力の維持を図るための基本的な視点は、

1.炭素源としての有機物を多量に供給するイネ科作物を基幹にする。

2.施肥量、養分の吸収特性および跡地の残存養分が異なる作物、共通の土壌病害虫のない作物、根系の分布が異なる作物などを選択して組み合わせることである。

 このような視点から見て輪作の基本型は、イネ科作物ーマメ科作物・葉菜類・果菜類ー根菜類とされている。

 

2 )対抗植物 対抗植物は、線虫(土壌害虫)に対する有害物質を含有しあるいは分泌し、土中または植物組織内外の線虫の発育を阻害するか死に至らしめる働きをし、その栽植、投与が線虫密度の積極的な低減をもたらす植物とされている。今までに知られている代表的な対抗植物として、マリーゴールド、クロタラリア、ギニアグラス、アスパラガス、落花生などがある。すでに各地で作付け体系の中に導入され、土壌線虫の密度低減に貢献している。対抗植物の活用にあたっては、線虫の種類、密度などに応じた植物を導入すると共に、その効果が最大限に発揮されるような栽培法を採用することが重要である。

(3 )カバークロップ、クリーニングクロップ、リビングマルチ

・カバークロップ(被覆作物)

 裸地(休閑)期間の土壌保全などに資するために作付けられる作物

・クリーニングクロップ

 土壌養分、土壌微生物、雑草などを制御するために作付ける作物。しかし最近は、過剰に蓄積した土壌養分を吸収し、跡地の養分環境を改善するために導入する作物を指すようになった。

 これらの作物は、養分のストック、土壌養分流亡防止(地下水の汚染防止)、土壌侵食防止、土壌の理化学性・生物性の改善、有機物補給、雑草制御など、多面的な機能を有しており、極めて重要な役割を担う。利用される作物は、導入する目的、時期によって異なるが、イネ科作物、マメ科作物、牧草類が主体となる。

 具体的な導入例として、高冷地野菜地帯の一部において、レタスや白菜などの葉菜類跡地に、秋から春にかけて、えん麦やライ麦を作付けしている。これらの麦類は、野菜跡地の残存無機態窒素、過剰集積した塩類を吸収し、肥料成分の容脱を防止(地下水汚染防止)するとともに、土壌面を被覆して土壌侵食防止に役立っている。また根系は、大型機械によって踏圧された土壌の物理性改善に貢献している。

・リビングマルチ(植物マルチ)

 作物の保護、土壌管理などの手段として、主作物の下草的な状態で作物(植物)を栽培すること。

 具体的な例として、果樹園の草生がある。土壌侵食防止、雑草制御、地力の維持などを目的としている。

 

V-4. 防除  高品質かつ安定した農業生産を維持するには、適切な病害虫・雑草防除が不可欠である。化学合成殺虫剤、殺菌剤、除草剤など、いわゆる化学合成農薬の出現は、その卓抜かつ安定した効果によって、有害生物防除に画期的な成果をもたらした。

 一方では、農薬一辺倒の防除によって、薬剤に抵抗性、耐性を示す害虫、病原菌、雑草個体群が出現し、それらに対抗して、より多くの農薬が投入されるに及んで、ヒトの健康への影響が懸念され、また、農耕地の生物相の単純化と誘導多発生、難防除病害虫の出現、さらには広域に及ぶ環境中への化学合成農築の残留が問題になった。化学合成農薬一辺倒の防除からの脱却を目指して、防除対象外生物と環境に対する影響が少ない農薬とそれらの施用法の開発、及び農薬以外の手法の活用が研究されている。

 基本的な考え方は、多様な素材を、それぞれの特性に即して使い分け、また組み合わせること、真に必要な場面でのみ最小量の化学合成農薬を適切に使用することにある。そのためには有害生物と個々の防除素材や手法の特性に対する深い理解に根ざした技術が要求される。

 不必要、不適切な化学合成農薬施用を回避することが、環境保全型農業における有害生物管理への第一歩である。そのためには、高精度の発生予察に基づいた有害生物の発生時期、発生量の予測、及び被害の評価を基礎とする防除の要否の判断がまず必要となる。大切なのは化学合成農薬のみに頼り過ぎないことであり、化学的、物理的、生物的、耕種的防除技術等の多様な防除技術を活用し、他の技術を含めて相互に矛盾のないようにこれらを合理的に組み合わせて、病害虫・雑草の総合的な管理体系を構築していくことである。

V-5. リサイクル  資源やエネルギーの面で一層の循環・効率化を進め、環境への負荷の軽減を図るため、農業の持つ物質循環機能を活かして、家畜ふん尿、農作物残さ等の農業内から発生する有機物資源及び食品産業副産物など農業外で発生する有機物資源の農業生産における有効利用を進めると共に、農業用廃ビニール等農業生産活動に伴って発生する廃棄物のリサイクル利用を進める。

・家畜ふん尿のリサイクルの促進

 家畜ふん尿の耕種経営によるリサイクル利用の促進を図るためには、耕種側で利用しやすい品質・形態となるよう、ふん尿の発生量や種類・性状等に応じた最適な処理法式を導入することが重要である。

・作物残さの回収とリサイクル利用

 野菜をはじめとする作物の収穫残さは、土壌伝染性病害虫による連作障害の防止と有機質資源としての有効利用の観点から、圃場からの回収を徹底するとともに、その適切な堆肥科によるリサイクル利用を図ることが重要である。

・使用済み農業用廃プラスチックの処理

 農業の生産活動に伴って生ずる使用済みプラスチックの処理は、環境保全と資源の有効利用の観点から、組織的な回収体制を確立し、再生処理を中心に適正な処理を促進することが重要である。

 

W. 作物別技術の概要

W-1. 水稲 水田は、水質の浄化など環境を保全するための優れた多様な機能を備えているので、これらの機能を正しく評価しながら利用していく技術の開発が重要である。肥料や農薬は、水稲の生産を安定にするために必要な資材であるが、これらの資材が一部系外へ排出されれば、環境へ負荷を与えることになる。したがって、水稲の生産を低下させることなく、これらの資材の投入量をできるだけ低減するための新しい技術の開発・普及も必要である。

 一般に水稲は野菜など他の作物に比べて施肥量が少ないこと、畦畔により囲まれていること等により、肥料成分の環境への負荷量が小さく、水田では水を浄化して水質を保全する機能があることが知られている。水田の窒素浄化機能の大部分は、脱窒によるものとされている。一般に窒素の除去料は用水の窒素濃度が高くなるほど大きくなる。また、リン酸その他の無機成分や懸濁物質も田面に沈殿したり、土壌に吸着されて浄化される。

 そのほか水田には、洪水防止、水源涵養、土砂崩壊防止、表面侵食防止、地盤沈下防止、気候緩和、美しい景観の保持など多くの環境保全機能がある。

 一方で、施肥された窒素やリン酸の一部は表面流去や地下浸透により耕地系外へ流出する。水田からの肥料成分の流出は代かき田植え時期に集中し、水稲の生育前後は用排水管理法の見直しが重要となる。

 殺虫剤、殺菌剤、除草剤などの農薬は、効果の安定性に優れ、安価であるためよく利用される。しかし、散布された農薬は田面水に落下し、極少量であるが水に溶けて水田系外へ流出し、河川や湖沼に流入したり、地下に浸透して環境に負荷を与える。

W-2. 畑作物

A. 麦類 冬季に栽培される麦類は病虫被害や雑草被害が少なく、農薬散布は比較的少ない。また、麦は吸肥力が強いため、肥料を多量に使う野菜や花卉などの土壌に対しクリーニングクロップの役割を果たし、残った麦桿や茎葉は炭素率が高いため、良質な土壌有機物となりうる。このため、麦の作付け拡大は、過剰な農薬、肥料の節約を促し、環境保全に貢献できる。但し、麦の多収穫のために肥料や農薬を多投入する集約型の栽培は、雨の多い気象下では窒素などを流亡させる可能性がある。このため、肥効の高い播種様式や施肥法により、肥料の流亡を避けること、また、作物の側においても、肥料の利用効率が高い、耐病性の品種を育成する必要がある。

B. 大豆 大豆をはじめとする豆類は、畑輪作において欠かせない作物であり、他作物と比べ地力維持的であることから、持続的農業にとって重要な位置を占めている。また、根粒菌と共生して空中窒素を利用できることから、窒素施肥は他作物に比べて少ない。

 今後の大豆栽培は、栽培特性に留意しつつ、肥料、農薬および化石エネルギーを節減した技術が望まれる。それには、根粒菌、病虫害抵抗性品種および不耕起栽培技術の活用が重要である。

C. 野菜 野菜生産の集約化や高度化は、豊かな食生活をもたらしたが、一方では効率性の追求を加速化し、病害虫多発などの諸要因を増幅させた。この結果、化学肥料や合成農薬等、過度に依存した栽培が一般となり、最近、硝酸態窒素の地下水汚染など肥料成分の系外流出、薬剤抵抗性病害虫の出現、生産物の安全性の危惧などの環境保全上の問題点がある。今後、野菜生産を環境に調和した持続的なものにしていくことが必要であり、このためには、野菜の吸肥特性に対応した肥効調節型肥料や肥培管理技術の開発、抵抗性品種、生理活性物質、生物農薬、環境制御などを合理的に組み合わせた病害虫総合防除などの開発が重要である。

W-3. 果樹  我が国の果樹栽培は、中山間地を中心とした農村の活性化、傾斜地の土壌保全、景観維持等の環境保全的機能がある反面、その栽培技術は肥料、農薬等に強く依存した労働集約的であるため、施肥や薬剤散布による土壌環境の劣化や生態系汚染等の環境負荷が懸念されている。

 このため省肥化・省農薬による土壌管理、施肥管理および防除対策が必要であり、草生、わい性台木等を利用した栽培様式、また抵抗性品種、天敵生物、フェロモン等による防除対策の活用により環境負荷の軽減を一層進めるとともに、今後土壌診断に基づく適正施肥、生物的防除や耕種的防除に基づく総合的防除、さらに樹形改善に基づく合理的な栽植等を組み合わせた栽培技術体系の開発・普及を図り、より環境に配慮した栽培法を進める必要がある。

 

X. 今後の課題

 最初に述べたように、これらの技術は画一的なものではない。各々の土地条件と昨目により適正に取捨選択されるべきものである。そのためには、環境保全的である様々な技術を熟知した技術者の要請が必須で、かれらが要請される現場それぞれにあったものを農業者に提示できなければならない。もちろん、農業者自体も熟知しておく必要があるが、まず考え方を普及させることを第一に考えるべきである。受け渡された技術を農業者が自分の農地にあったものに手を加えていくことにより、より高度な環境保全型農業が達成されて行くであろう。

 農業者は、何を犠牲にして何を達成するのかをはっきりと打ち出す必要がある。これは農業をとりまく関係者、業界、消費者の理解を得るためである。現状では、環境保全を重視する農作物は集約的なものに比してコスト高である。なぜコストが高くなるのか、その分何を補っているのかを明示することで、より多くの理解が得られ、取り組みを持続させることになるであろう。

 われわれ技術者は、より多様な農地、昨目で環境保全型農業を実践できるよう、個々の選択肢を増やす努力が必要である。様々な作用が相互に関わる農地環境を保全する技術は、多くの分野にまたがるものである。よって分野間のなわばりを主張するような愚行を避け、知見を共有し合って有効な手段を開発していく必要がある。

 農学を学ぶ1人として、以上のことを念頭に置きつつ励んでいきたい。

 

Y. 参考文献

・環境保全型農業技術指針検討委員会編、農林水産省農産園芸局農産課環境保全型農業対策室監修:概説 環境保全型農業技術、家の光協会

・環境保全型農業技術指針検討委員会編、農林水産省農産園芸局農産課環境保全型農業対策室監修:作物別 環境保全型農業技術、家の光協会

・農林水産省 監修、JA全中JA全農編:最新事例 環境保全型農業、家の光協会

・農林水産技術会議事務局編:農林水産研究文献解題

No.21  環境保全型農業技術

・熊澤喜久雄監修、農林中金総合研究所編:環境保全型農業とはなにか、農林統計協会


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