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   藤原和博:公教育の未来 [2005年10月]
                                  -講演会聴講レポート in 慶応MCC夕学五十講

今回は教育に絡む内容で,講演内容もすばらしかったので,ちょっと長めです(^ ^;



昨夜の講演者は,藤原和博氏.
彼は元リクルート社のフェローで,今は杉並区の和田中学校の校長をしています.
東京都では義務教育初の民間校長として話題に.
みなさんは「世界でいちばん受けたい授業」ってご存じですか?
日本テレビでやってますね.今.
あれはこの藤原和博氏の同名著書がベース・コンセプトになってます.

そう.もっと活き活きとした学びを提供しよう!そう訴えかける内容です.


“お子さんをお持ちの方々にお聞きしますが,みなさんは子どもの教科書を読んだことがありますか?”

こういう問いかけから始まりました.
会場でもだいぶ手が上がります.

“それは小学1年生の教科書ではないですか?
では,2年生は?3年生は・・・・中学1年生は?・・中学3年生は?”

だんだんと数が減っていき,中学にはいるともうほとんどゼロ.


義務教育は中学まで.その教育のベースとなる教科書をほとんどの親は読んでいない.
毎年何十万部も売れる大ベストセラーなのに・・・.


彼の問題意識はここから始まります.
私たちが生きるこの世の中のことを教える「公民」の教科書.


その内容は,小難しいキーワードが羅列された,おおよそ社会の実態をイメージすることの出来ないものであったことに怒り心頭した彼は,まだリクルート社に勤めていた時に「よのなか科」という教科を提案した.
それを杉並区の小学校で展開.これは好評となり,上記の「世界で一番受けたい授業」といわれるまでとなった.


この授業は,まず1店のハンバーガーショップから始まる.
ある地区の地図を広げる.
そして,子ども達にこう言います.


“この地区内にハンバーガーショップを1つ新しく出店します.あなたをその店長に任命します.どこに出店するかあなたが決めて下さい”と.


地図を読む能力,人の動き,社会の動き,さまざまな知識を総動員して考えていく.
そうして,決定した場所を,何故そこなのか.その思いを他の人に伝えていく.


身近なところから物事を考え,自分で考えたことを相手に納得してもらうまでを学ばせる.


内容を簡単に一言で表してはいるが,この過程には実に様々な行程が内在している.


自分と同じイメージを,相手ももっているとは限らない.
自分が大切にしていることを相手にどう伝え,コミュニケーションするか.

これには,ロールプレイが役に立つ.
子どものころにみんなやるロールプレイ.ままごとだったり,戦隊ごっこだったりして.
自分と違う他者になりきりその役割を演じるロールプレイから見えるものは,実に多い.

でも小学校にはいるとロールプレイは,TVゲームに替わり,おおよそ大学を出るまで封印される.
しかし,社会に出ると,再びロールプレイの嵐である.
客の立場を考える.発注者の立場を考える.労働者の立場を考える.保護者の立場を考えるetc.
どれだけうまく,どれだけ多くの役割をプレイ出来るかで,企業の能力が決まるといっても過言ではない.


これだけ大切なロールプレイをなぜ教育で使わないのか?
いろんな役割を演じ,自分と社会とのつながりを,活き活きと認識することができれば,子ども達の社会への関わり方はもっと違ったものになるはずである.

実際,この授業の後の子ども達の学びが豊かに成ってくることを実感するという.


こういう手法をもっと広め,実践するために彼は,校長先生となったのである.
バリバリのサラリーマンから教育界への転身.
肌で感じた世界の近いをそのままにせず,さまざまな策打ち出していったその過程・効果を彼は語っていた.


教育.ことさら義務教育に関して,思いを募らせている人は多い.
質疑応答はいつになく活況を呈して,面白かった.



とくに面白かったのは,改革に対する現場教師やPTAの反応は?という問いとその答えでした.


彼は言います,学校は保守的で前例主義であると.
保守的なのはいいこと.世の中の動きに対して,教えることがコロコロと変わってしまっては子どもにとって大いに迷惑だ.
それより困るのは前例主義であるという.良い例が運動会.前例に従いどんどん守りにはいっていく.失敗をある程度容認する度胸を持つには,積極的 にそこに関わっていないとできない.比較的子どもに多く関わるのは,母親達である.だから良い意味でも悪い意味でも学校はどんどんとお母さんの価値観が支 配していくのだという.


学力を心配する親の抵抗も強かったと.
でも,いわゆる学力派も実は自信がない.学力の定義っていったい何なのか?
最近よくでてくるOECDテスト(PISAテスト)の各国比較を持ち出した学力低下問題.

では,以下のPISAテストの問題を見て頂こう(日本経済新聞記事より)

写真


さて,この問題を解くための学力を,従来の教科書の枠組みでどうやって鍛えますか?

こういったたぐいの問題がOECDのPISAテストにはかなり多いのだという.
そうして,こういう問題に答えられないのが日本の子ども達なのだという.

正解の教育では,答えが出せないのだ.
ロールプレイで実践したような納得の教育を受けてなければ,厳しいのだと.

こういった現実を自信を持って伝え,そしてなにより実際に子ども達の学びが豊かになってくるのを教師・保護者が実感していくにつれ,抵抗は少なくなっていくのだと.


“しかし”と彼は突然声を張る.


TV(ゲームを含む)を一日2時間以上つけっぱなしにしている家庭の子どもの学力の向上は,保証しません と釘を刺すことだけは必ずする と.


たとえば1日3時間のTV視聴で,年間1095時間になる.
中学校の1年間の授業時間でも,せいぜい816時間.
この数字には総合学習なども含んでいるので,主要5教科で出すと年間400時間.

日本の子どもは1日15分しか勉強しないと伝えられているが,
まぁ大目に見て1日1時間としても,年間365時間.

ということは,勉強の時間よりも圧倒時に,TVの時間が多くなる.
2時間でもトントンだ.


子どもは,大人以上に身近な人に学ぶという.
たまに来る偉い人の価値観は伝わらない.
それよりもいつも接する親,先生の価値観が伝わっていく.

1日2時間も3時間もTVに接しられたら,その先生よりも遙かに多くの時間接することになるTVの価値観が伝わってしまうのは当たり前だと.
そうなっては学校の努力はなにも伝わらない.と.



これはまさしく納得の訴えですね.
ダイガクセイにも伝えたい・・・


教育者としての側面も担わされている私にとっては,今回の講演はとても身になるものでした.
また,講演の流れを最初に示し,まず問題を提起,それに対する解決法の提示,そして実践・実証の結果,そして結びという元リクルートマンかつ,先生らしいすばらしい講演運びにも感銘させられました.

帰りには思わず,彼の著書を購入してしまいました.
今回の講演内容をじっくりともう一度考えてみたい.そんなすばらしい講演会でした.

関連書:公教育の未来 2005/ベネッセコーポレーション 藤原和博



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