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   野口悠紀雄:日本が胎動していない [2006年4月]
                                  -講演会聴講レポート in 慶応MCC夕学五十講
今回の講演者は,早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授の野口悠紀雄.
『「超」整理法』,『「超」勉強法』などの著者といえばだいたいの人がわかるでしょうか.


日本の景気がようやく回復しつつあるといわれますが,私は全くそう思っていません.
むしろ,将来を危惧しています.

というちょっとショッキングな考えから,話が始まりました.

話のポイントは以下の3つ.

1.景気回復の評価

2.日本企業の利益率

3.21世紀を担う企業は登場しているか?


まず,1.現在の日本の景気をどう読むか.
確かに各種経済指標は回復基調にある.ただ,利益が出ている業界に大きな差が存在している.
いま,利益を伸ばしているのは,素材・原料系産業.それ以外は,かなり厳しい.
ではこれらの業界は,有望なのかというとそうではない.世界的な品薄感と円高等によって価格が引き上げられた結果もたらされた一時的なもの.これからの中国・インドなどの東アジア経済を考えると,いずれ再び低迷すると野口氏はいう.



では,何が問題なのか?
問題なのは,2.日本企業の利益率の低さだという.
日本企業の利益率は,非常に低い.アメリカ,EU諸国,ASEAN諸国のいずれと比べてもその低さが際だつという.それでもずっと低かったわけではない.60年代・70年代はいまの3倍ほど利益率を保持していたという.
では,なぜ利益率が低くなってしまったのか.それは賃金率が高いことと,変動為替レートへの移行が原因だという.
でも,これらはヨーロッパ諸国,アメリカも同じこと.
それなのに日本だけ利益率が低いのは何故か?

それは,ビジネスモデルに問題があるという.つまり,設ける構造の違いであると.

日本企業の多くは,リスクを避けるために経営規模を大きくし,多角経営をする.
これは典型的な分散投資と呼ばれる安定化の手法.こうしてリスクを低下させると,平均的に利益率を下げてしまう.

こういう経営が日本で行われる大きな要因は,企業を長く存続させなければいけないという日本的な価値観と,労働者を安定的に雇うべきだと考える社会風土なのだという.


では,3.21世紀を担う企業とはどういうものなのか?
様々な企業の企業価値を調べた野口氏の研究によると,いま日本で優良企業とされているトヨタやキャノン,日産は,アメリカのフォードやGM,旧AT&Tなどのアメリカ企業の利益率は倍以上で,従業員一人当たりの時価総額も一桁違うのだという.
変わってアメリカにおける優良企業とされるGoogle,Cisco,Intelなどの従業員一人当たり時価総額は,さらに一桁大きく,また利益率も高いのだという.

これらの企業は,いわゆる「IT」企業.
しかし,日本でいうインターネット企業という意味ではなく,ソフトウェア力=知的財産力をもつという意味でのIT企業なのだと.

日本ではモノづくりが大切だという人が多い.
ただし,モノづくりとはいっても古いタイプと新しいタイプのモノづくりがあり,まさに日本が弱いのは,知的なものづくりなのであると野口氏はいう.

現に日本の一人当たりGDPは,かつてヨーロッパ一貧しい国といわれたアイルランドよりも低いのだという.
このヨーロッパの小さな国は,かつて資源や工業力が乏しいために貧しさを余儀なくされていたが,近年は時間をかけて培ってきた高い学力と技術力に,IT革命の波が加わったおかげで,豊かな国へと変貌を遂げた.

構造変化を伴わない状態で向かえてしまった今の景気回復基調.
いずれ,再び衰退するのは明らかなこと.浮かれている間に,抜かれていくのは必至.
さて,日本はこのままで良いのでしょうか?
せめて“危機感”を失わないで欲しい.

そう投げかけて野口氏は話を結びました.


経済の話であったものの,最後は奇しくも昨日の立花氏のトーンと同じく,日本の技術力・学力そしてハングリー精神の低下を嘆くモノでありました.


内容としては,かなり大胆な意見を含むモノでありながら,非常に丁寧で,聴きに来ている人の立場等に配慮しながら語る姿が印象的でした.
また,講演の内容がよくまとまっていて,きちんとポイントを3つに抑えて,余分なモノはあえて含めず,大事な部分は適宜復唱したり,まとめたりして,とてもわかりやすく構成されていました.資料も最小限でありながら,的を得ています.
質疑に対しても,質問者の意図を的確に捉えて,論点をずらさず真摯に答える姿勢にも非常に感銘を受けました.


講演を聴いから,野口氏が警笛を鳴らす問題が頭を離れません.
ちょっといろいろ考え直してみたい.そんなことを感じた講演会でした.


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