今回の講演者は東京大学愛知演習林・講師の蔵治光一郎氏. 森林の水研究で最近活躍めざましい研究者です. はっきりいって同業者です.多少分野が違いますが,学会などで時折見かける方です.で,講演タイトルも「森林の保水力」という水に関するもので, 私にとっては良く知った内容です.ただ,その筋の専門家が一般の人向けにどのように講演をするのかに私の興味があってこの講演会に参加しました. 日本には今まで3回の森林破壊の危機がありました.人口増加と燃料不足等により山々の木が伐採され各地が禿げ山に.あちこちで土砂災害,洪水災害 が頻発しました.そこで,当時の思想家達が山に木を植えて,山を復活させようと訴え復活を遂げてきました.この事実が日本人に治山治水という概念を植え付 けました. そしていま,4回目の山の危機を向かえています.ただし,今回の危機は今までとは全く質が違います.今回の危機は,スギ・ヒノキといった単一種の山が大幅に増えた上に,林業の衰退によって手入れされず放置されたことによる危機です. で,山の復活に向けた取り組みが必要で,いろいろと研究されています.一般の人々の山への関心も最近高くなっています.とくに「緑のダム」への関心・期待はとても大きなものになっています. が,この「緑のダム」の認識に大きな誤解があって,それが研究者を悩ませています.ふつう「ダム」と表現されるものがもっている性質には,二つのものがあります.一つは洪水を抑えるというもの.もう一つは渇水を潤すというもの. 洪水を抑えるためには,雨が降る前にたくさんの水を使って溜められるように場所を空けておく必要があります.でも,渇水を潤すためには,水をあまり使わずに溜めておく必要があります.これらは相反するもの. そこで,大切なのは木の性質をきちんと理解すること.木は,自らが生き・育つために大量の水を必要とします.木がそこにあるということは,その場 所にある大量の水を消費しているということ.だから,木のないところよりも木のあるところの方が,水は少なくなる.また木の種類によっても水の消費具合が かわります. だから,木を植えたら洪水が治まって,かつ渇水がなくなるというのは全くのガセビア.木のおかげで洪水が治まるのであれば,渇水のときにはより厳 しい渇水になる可能性がある.逆に渇水を潤すのであれば,洪水のときより厳しい洪水になる可能性がある.また洪水や流域の規模が大きいほど,こういう機能 は働らかなくなる.もうちょっと事態は複雑なんですが,基本的にはこんな感じ.水の研究者の共通認識でもあります. でも,でも,これは「森は良い!」って思っている善意の方々にはとってもショッキングな事実.実際,「そんなバカな!」的な質問が多数あり,一時はちょっと険悪なムードにもなりました.まぁ,時間をかけてわかって頂いてはいましたが. そんなやりとりを見ていて「善意の誤解と戦うのが一番辛い」って感じましたね. 一般の人のイメージが先行していて,しかも識者とよばれる方々がそのイメージを後押しするような思いこみを物知りげに話をしたりするから,余計強く思いこむ. そこに事実を突きつけても,事実を事実として受け入れてもらえず,逆に事実を突きつけた科学者の方に憤り矛先が行く.なんかやるせないですね.かといってそういう状況を前に黙してしまうのもどうかと思う. ん〜.今回は,講演会そのものよりも,質疑の中で浮き彫りになった科学者としての倫理・社会的責任というテーマがとても刺激になりました. [前画面に戻る]
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