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8/29(日) 呼和浩特(フホホト)市内観光および格根塔拉(クーグンターラ)草原への移動 7:50朝食:いつもながら新城賓館の食堂 8:30大きな荷物は新城賓館に預け,草原に一泊する荷物だけ別にまとめる. 9:00出発バスの中で王昭君に関して簡単な説明を受ける.昭君の墓は郊外南に位置する.途中,大黒川という川を越えた.水源は分からないが定常的に流れている川を見たのは初めてである.郊外へ向かう道路の街路樹は,直径が太くかなり以前に植えられたらしい. 9:40昭君墓に到着:入場料10元 昭君墓は陵墓である.手前に広場が広がり奥に高さ33mにもなるという陵墓が控えている.陳さんの話では,墓に詣でる人々が盛った土が積もり積もってこうなったという.広場を歩いてまず出会うのが,昭君と単于(チャンウ)の姿を浮き彫りにした石板である. 次には,同じく昭君と単于が馬に乗った石像,王が乗る草原列車,後に昭君を詠んだ漢詩が刻まれた記念碑,を見ることができる.そして,昭君の墓石にいたる階段にたどり着く. 昭君の墓石は中国語とモンゴル語の両方で書かれている.さらに螺旋状に陵墓のまわりを登っていくと,周囲一帯を一望することのできる頂上にたどり着く.陵墓の脇には,モンゴルの王や昭君をかたどった蝋人形を陳列した建物や,音楽を演奏している建物がある. 11:00頃出発(10:40発の予定が遅れる) 11:30大正寺に到着(ラマ教寺院) 下町といった感じの細い路地を通り抜けて大正寺にいく.山門をくぐると内部の両脇に,四天王の像がある.ちなみに四天とは,蒼天(春),昊天(夏),旻天(秋),上天(冬)をあらわし,四天王とは四方鎮護の神で,持国天(東),増長天(南方),広目天(西方),多聞天(北方)である.本殿にいくと,ちょうどお経を詠んでいる最中であった.太鼓を拍子にして詠む明るい感じのお経だった.本殿の脇に,曼陀羅や,サンスクリット語で多角形の各面に一文字づつお経がかかれており,それを回してその前で祈るとお経を詠んだことと同じになるというもの,があった.曼陀羅はやたらと地獄の部分の描写が多く,地獄に落とされている人はみんな女性ばかりというものだった.寺の屋根瓦は非常に派手で,特に屋根の四方には,多くの動物が乗っていた.これは,北京の紫禁城も同じだった. 12:00過ぎ出発 12:??金剛座舎利宝塔(五塔寺)到着. 五塔寺は,呼和浩特(フホホト)の旧城(旧市街)に位置する.旧城には高い建物はあまりなく,小さな店や屋台がところ狭しと並んでいる.農牧学院の学生はよくここに食事をしにくるという.安くておいしいという.町中には非常に人が多く,活気に溢れている感じがした.五塔寺は,台座の上に五つの塔がたっており,この塔に小さな仏像がびっしりと彫られている.ボルブドゥール遺跡を思いおこさせるような建物である.台座の上にはのぼることができ,そこから旧城一帯をながめることができる.中国の広場には,色鮮やかな花が植えられていたり,鉢植えで飾られていることが多く,印象に残る. 13:00昼食 14:00頃草原へ出発 草原へは陰山山脈を越えていく.陰山山脈を越えても下に下ることはない.しばらくは緩やかな起伏の中,畑地が続き,やがて畑地もなくなりモンゴルから続いている草原になる.呼和浩特(フホホト)の標高がおよそ1000mで,陰山山脈との高低差は約800mほどなので,草原は標高2000m前後のところにあると考えられる.畑で作られていた作物で気がついたものは,コムギ,エンバク,ジャガイモ,ソバ,ナタネ,トウモロコシであった. 畑は帯状につくられている.一つの帯は幅に対して長さが非常に長く,数百メートルにおよぶと思われる.幅は耕す牛の往復する回数によって決定するようである.道路脇は,片側あるいは両側に必ずポプラのような木が植樹されており,まだ植樹されていないところでも,一列に植樹のための穴が掘ってあった.また,畑と畑のあいだにも植林されたと思われる地帯が存在した.本格的に草原にはいると,放牧されている羊・山羊がいたるところに見られる.山脈を隔ててこれほどにも違う様式の生活が隣あっていることが印象的である.中国では牧民と農民という言い方をするらしい.このあたりでは牧民の方が裕福だという.羊を一匹売ると農民一年分の収入に相当する利益が得られるという.しかし,羊の肉がキロ7〜8元で売られているところから考えると想像しがたい.農民の収入が非常に低いということなのか.空には草原に特有の雲が見られる.一つ一つの雲が小さく,下面が平べったく上にモコモコと盛り上がって,バターロールのような形をした雲だ. 17:30頃 格根塔拉(クーグンターラ)草原に到着バスを降りた瞬間,祭りの時などに着る色鮮やかな()を身にまとった施設の人から熱烈な歓迎をうける.歌を歌いながら白酒(ばいちゅう)を勧める.佐藤先生と中村先生が飲み干す.モンゴルの一般的な酒はアルヒというウオッカの一種だが,ここ内モンゴルでは観光地ということもあって白酒にしているのだろう.宿泊用のパオがいくつも列になってならんでいる.パオに荷物をおくと,競馬がはじまるというので早速見に行く.競馬といっても,本当に10頭弱の馬が直線を走ってくるだけである.それでも,なかなか壮観なものであった.ひとしきり競馬がおわると,モンゴル相撲がはじまった.柔道のように相手の胸元をまず取り合う.がっぷりと組み合うとお互いの呼吸をはかりながら,足技をだしたりして,相手を倒す機会を見はからう.勝負が決まるのは一瞬で,土のうえになぎ倒されて勝負あり.最後に,駱駝に乗ってみる. 19:00夕食 パオをかたどった大きな円形の食堂で食事. モンゴルの羊料理が食べられるというので期待.羊の肉ばかりというわけではなかったが,羊の胃,血液の腸づめ,レバー,などがあり,そしてそれ以外の部分の丸焼きが出てきて堪能した.白酒の乾杯が食事中,計15回ぐらいはあっただろうか.隣のテーブルでは,グラスで白酒を乾杯していたのには驚いた .食事がおわると,施設の前の広場でだしものが催されている.モンゴルの伝統的な踊り,馬頭琴の演奏,歌,ぼくたちも阿拉()さんと飛び入りで歌を歌った.さすがに,ここまでくると星がとてもよく見える.天の川も見えた.30分ぐらいのあいだに,3つの流れ星を見たと思う. |
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