1999.3.01(Mon)-3.31(Wed)


3.01

12時に起きて、一日中FF8に挑む。TBSからの連絡来ず。7連敗。完全に自信喪失。FFを3時まで続ける。考え事をしたくなかったので、ゲームやめたらとっとと寝た。(3.02に記述)

3.02

12時起床。いいかげん夜型をやめないと、第一印象が悪くなる一方のような気もする。「スタジオパーク」にマーク・パンサーが出てたので見入る。彼はフランス人のハーフなのに英語で流暢にしゃべれると大言壮語して、そのままMTVのVJになれたらしい。子供の頃から芸能人だとさすがに度胸が違う、と思った。昼過ぎにテレ朝へ向かう。一般職のエントリーシートを取りに。たまたま友田に遭遇する。彼も状況は厳しいらしい。「高木さん技術職受けられるからいいっすねえ」とは言われたが、落ちる数が多くなってるだけだってば。新橋で友田と別れ、今度は青海のテレコムセンターのMXへ。テレコムセンターは正面の大きな出入口が閉鎖されてたり、照明が暗かったりで、「破産寸前のオフィス」状態だった。MXの受付もセコムのおじさんが一人いるだけ。正直いってこの会社入れても存続するかどうか心配・・・。でも、こんな静かな勤務先もいいかなと思った(といっても採用が技術職若干名なので、オフィスワークよりもいろんな所に行かされるのが目に見えているが)。帰りは品川行きのバスに乗ろうとしたら、1時間来ないので、船の科学館の方に行ってボーッと夕日が沈むのを眺めたりなんかして待った。レインボーブリッジが出来るまでは船の科学館と品川の間はくさるほどバスが走ってたのに。家に帰って来たのは7時半過ぎで、テレビは「鬼の棲家」「救命病棟24時」(もうフジは用済み?)「Nステ」を見た。

3.03

11時頃岡から電話。追いコンでバンドをやらないかという話だった。就職活動でまいってたので、気晴しもいいかと思ってなんとなくOKしてしまった。電話が終わったらまた寝て、12時起床。昼過ぎから夜にかけて、先週借りた「ガンダム0083」と「ラヂオの時間」を見る。やはり三谷幸喜は面白い。テレビは「芸能ポリス君」(TBSももう用済みだって!)と「Nステ」を見た。

3.04

13時起床。昼の間FF。夕食後一旦寝る。「リング」の時間にまた起きる。見ている途中に、服部から電話。当然の事ながら長くなる。今日一日を時間の浪費ととるか、リフレッシュととるか。うーむ。

3.05

12時起床。昼食の後、レンタルショップを3軒回る。探していた品 、なし。帰宅後プレステ&パソコン。就職関連全く手を付けず。テレビは「ぐるナイ」「ウリナリ」「ケイゾク」。別にドラマやりたいってわけじゃないが、やっぱりドラマの強いフジかTBSに行きたかった。今更言っても無駄だけど。だいたい日テレ・テレ朝・NHKもそうそう通るとは思えないけど。

3.06

12時起床。昼食後、ボーッと過ごす。本当に何もする気になれなかった。15時過ぎにシャワー、その後、17時半からのバンドのミーティングのため出かける。まさかこんな時になってもやることになるとは。まあ、これが私の人生なのでしょう。時間通りに部室に到着。岡・森さん・村山が既にいた。後から丸木とイッチーが来る。選曲は以外とすんなり決まったが、TMNという事でキーボードの負担大と思われるのが心配。18時からは、アフリカに行く島の送別会。サークルの公式行事並みの人の集まり方だった。下は1年から、上はうちらの1こ上までとメンバーも多彩だった。2次会にも参加し、岡や友田と就職についての話なんかをした。12時前になって、終電がヤバかったので、抜け出し帰宅。おそらく残ってた15人程がオールになっているのでは・・・。

3.07

14時起床。オールで帰ってくんのと結局変わりない。昼食に昨日の夕飯のカレーうどんを食べ、昼過ぎから夜まで打ち込みに励む。またも現実逃避? テレビは「からくりTV」「元禄繚乱」「ASAYAN」。

3.08

13時起床。昼食の後、WOWOWに面接のアポの電話を入れる。すんなり希望の日時に入れてもらえた。希望者少なし? その後は15時前に家を出て、半蔵門のTOKYO-FMと高樹町のJ-WAVEへ。ES受取。TFMは専用の窓口ではなく、受付の横に配布資料が積んであった。J-WAVEは他のパンフと一緒に入ってすぐの所に積んであった。テレビとラジオではこうも違うのね・・・といった感じ。J-WAVEは最寄りの駅といえるところがなく、表参道からはずいぶん歩いた(一番近いのは六本木)。バスで渋谷に戻り、QYを借りたいと言っていたイッチーと待ち合わせ。一緒に楽器屋ちょっと見て回って、マックで研究室の話をちょっと聞いて、渋谷の駅で別れて帰宅。日野のレンタルショップに寄り、ビデオは「0083」の5,6巻と「恋愛小説家」、CDは福山雅治のアルバムを借りる。夜はTX(テレビ東京)からの電話待ち(であることに途中で気付いた)。テレビは「HEY! HEY! HEY!」「Over Time」「Nステ」「さよなら20世紀」。TXを見ていなかったバチが当たったか、電話来ず。これで8連敗。いまだにまともにふるいにかかったためしなし。民放キー局残る枠はたったの2つ。

3.09

13時起床。半日FF。夜からテレビ。ES手に取るだけで進まず。他に書くこと無い。

3.10

13時起床。15時頃までボーっと過ごし、その後夕方までFF。夜はギター相手に曲作り。テレビは「芸能ポリス君」と、久々に「NEWS JAPAN」。今日もES進まず、明日の日テレ対策も全くしなかった。

3.11

空前の早起き。6時半起床。9時半から、日テレ技術の面接。多少余裕のある時間に出て、さらに不慮のバスの遅延の可能性を考慮して、自転車で駅へ行く(これが後で痛い目を見る)。15分前に現地に到着。名前を言って、エントリーシートを受け取る。なぜか僕のは書類の山の一番上だった。それ以上に驚いたのは、ネットでエントリーしたときに書いた内容がそのままコピーされていたこと。所要1時間半程と連絡メールにはあったので、てっきりその場で書かされると思っていたのだが、これには面喰らった。しかも2月の初旬に勢いで書いたやつなので、大分稚拙な文章。仕方がないのでとりあえずそれをじっくり読みながら、控室で説明を聞く。一般職の時と違い、9時半に集合したのは50人程度といったところだった。説明が終わってから面接まで少し時間があったので、席が隣の人に話しかける。彼は国立の大学で、おそらく推薦で就職出来るだろうから、今回は面接慣れのために受けてみた、という素性の人で、ESもひとことふたこと程度しか書いていなかった。こっちは放送志望で既にキー局8連敗、大分事情が違うのですが・・・。なぜか「適当に行ってみますか」的雰囲気は僕も向こうもあまり変わりなかった気も。これって一体・・・。で、面接は社員2対受験者1で、意図的にやさしい口調の藤井アナ(やかましい方)似の若い方とちょっとだけ威厳のある中堅(と思われる)の方だった。まず志望動機を聞かれ、正直に「放送がやりたいから」と答えた。アンチ日テレ(あくまでも視聴の嗜好が、という話ですよ)の高木としては、「日テレだから受けました」とはさすがに言えなかった。それから、ESに書いた「新しい放送形態とは何か考える仕事をいずれはやってみたい」という内容を中心に、あくまでソフトに突っ込まれた。何度もつっかえながら、とりあえず思いついた言葉を出していったが、結果的には答えられなかった気がする。最後にやっとちょっとだけ具体的なことを思いついて「ラジオみたいな、視聴者と作っていくっていう方向性があまりないんですよね、テレビには」と言えたのがやっと。ふう、ラジオの方を頑張りますかって感じ。面接終了後は何となく一息つきたかったので市ヶ谷のコーヒーショップでちょっと休んで、学校へ。2時間程ネットで調べもの。ここで久々に中・高の同級生の若松に会う。彼も間もなく社会人ですか。いやはや。帰りにラーメン一慶で昼食、帰宅。高幡のCD屋で佐野元春のシングルを買う。手塚治生誕70周年ということで佐野さんが書いたそうだが、シングルにも関わらず、ポエトリーリーディングものだった。びっくり。帰宅後は、成績表が来ていたので、恐る恐る開ける。結果は「進級」。必修の演習は試験に1時間遅刻してどうなることかと思われたが、Cだった。結局今回は69単位も履修していたにもかかわらず、年間を通して1単位も落とさなかった。全くもって奇跡だ。専門科目での評価Aもちょっとだけどあったし。というわけで気が楽になったので(?)、夜はFFをやった。それから「リング」を見ながら朝日のES書いた。最後まで終わらなかったので、明日が勝負。しかし新聞は書く欄が多い。テレ朝も明日書かにゃならんのに。

3.12

13時起床。昼の間、ひたすら朝日新聞のESを考える。夜は、ひたすらテレ朝のESを考える。もはやテレビはどんなことを書いても落ちてしまいそうな気がしてしまい、なかなか書けない。テレビは「DAIBAッテキ!!」「ぐるナイ」「ウリナリ」「ケイゾク」。今日は日テレからの電話待ちだったが、予想通り来なかった。これで9連敗。もはや自分の人生を否定せざるをえないかも。明日はいよいよラジオ1発目で、LF一次。そして民放キー局はいよいよテレ朝一般を残すのみ。当然目標は小さく「書類通過」!

3.13

10時起床。まず、テレビ朝日の書類を港区内から郵送するべく、2週間前にも行った高輪郵便局へ。またも締切2日前の駆け込み応募を遂行。その後はちょっと時間があったので学校(三田)へ行く。ガンガン就職関連のホームページを刷るつもりだったのだが、パソコン室がネットワークの整備中で閉まってた。仕方無く図書館に行ったら和田君に会う。予約していた本を取りに来たらしい(でも返却されていなかったとのこと。ご苦労様です)。流れで彼と昼食をとりに山食へ行く。和田君居るところに吉本さん在り(?)で、彼女(実は、和田君は研究所の同級生なのだが、吉本さんの方はサークルの後輩になるという微妙な関係だったりする)にも会う。14時前に彼等と別れ、有楽町のニッポン放送分室へ。なんか一見古そうな建物だった。で、1次面接。久々の3対3で、法政の高木君という人と、大妻の高須賀さんという人と一緒だった(要するに、受験番号があいうえお順に振られていた)。高木君は「音楽と政治は、ラジオでのビジネスにできる」という事を中心に聞かれ、高須賀さんは「AMの番組から流れてくる声に励まされた」という事を中心に言っていた(と、思う)。僕は専門での勉強がラジオのどんなところに使えるか、ということと、インターネットを使ってのラジオ放送について聞かれたが、うちで使っている回線が28.8Kbpsと細いのであんまりそういった使い方に関して興味が無かったので、結構辛かった。面接終わった後は、一緒に面接を受けた3人で、建物出てすぐの所で1時間ぐらい話した。コネの噂とか、普段何やってるかとか、結構2人のことを聞いてしまったような・・・こっちも結構色々話したけど。メールアドレス交換なんぞもしてしまいました。で、帰りの京王線で寝過ごして終点の京王八王子まで行っちゃったりして、家に帰って来たのが6時半。夜は「筋肉番付」を途中までと「めちゃイケ」。それから借りてたビデオの「0083」を見る。今日で全6巻観破(造語。「読破」の「見る」バージョンね)。最後が急展開だったのと、なんとか「Zガンダム」にうまく話が繋がっていたので、びっくり。「ガンダム」シリーズの面白さのひとつとして、現実の政治世界そっくりのドロドロした部分が結構あって、そういったところにリアリティーを感じるのがハマる理由なのかな、とか思った。どっちが正義でどっちが悪、っていうのが無いところとかね。

3.14

世の中はホワイトデーらしいが、そんな事は知ったこっちゃない。13時起床。「噂の東京マガジン」見ながら昼食。昼の間ギター。夕方から怒涛の勢いでテレビ。「東京News(MXの番組ね)」「ちびまるこちゃん」「サザエさん」「からくりTV」「元禄繚乱」「ASAYAN」「スーパーナイト」「ミュージックフェア」「News Japan」「プロ野球ニュース」。もはや就職には関係無いのだが、やっぱしフジが多い。「東京News」の中でやっていた「東京輪舞曲」が、結構面白かった。MXはいつもテレフォンショッピングだと思っていたら、たまにはいい番組やってんじゃないの。安心しました。

3.15

昼の13時起き。先週借りたビデオ「恋愛小説家」を見る。見ている方も憎たらしくなるくらい毒舌でしかも潔癖症なんだけれども、根は親切で感情表現が不器用な小説家をジャック・ニコルソンが演じていて、なかなか面白かった。夕方はビデオと一緒に借りた福山雅治のCDのテープ落とし。はっきりいってシングル以外の曲はインパクトなかった。夕食後に雨の中CDを返却しに行って、サンレコを買って帰る。夜のテレビは「金田一少年」「HEY!x3」「Over Time」「Nステ」「さよなら20世紀」。「Over Time」は展開がコテコテ過ぎるが、なぜか見てしまう。ありがちな意見だろうが、木村佳乃の役が、かわいそうだと思った。

3.16

14時起床。一日中HP制作。そろそろNHKのES書かないとヤバい。テレビは「炎のチャレンジャー」のスペシャルを途中までと、「救命病棟」「Nステ」「Nジャパン」。

3.17

10時起床。13時から研究室の集まりのため。研究室の集まりでは、パート決めと研究室とパソコンについてのレクチャーがあった。はっきりいって研究室の同期は(というより学科の同期が)気の許せない奴らなので(?)かったるかった。パートは(かなり悲観的見解としては)多くの人が僕を敬遠してくれたらしく、希望通りの所に行けた。M2は実験の時TAだった村上さん、M1はイッチー、同期は樹里ちゃんと、唯一面識がなかった進藤(順一郎)君という、癒着寸前の構成。別にパートは人で選んだわけじゃないんだけど(研究室はちょっと人で選んだかも)。帰りに遅い昼食、新宿の本屋に寄ってNHKの対策本を今更買って、帰宅。夜は締切追い込まれての、NHKのES書き。結局4時半までかかる。

3.18

13時起床。慌ててバンドの個人練をやるが、結局ろくに出来なかった。16時過ぎに家を出て、日吉へ。渋谷郵便局に寄り、NHKの書類を速達で出す。夕方だったんで、区内とはいえ、ひょっとしたら間に合わないかも。18時から音練でTMバンドの練習。玉砕。しかも参加者4名(森さん・岡・村山)。明後日までになんとか・・・なるんだろうか。帰りにかなり久々に行った「ブルベア」で夕食。大学の推薦入試の話とか、嫌いなテレビ番組の話なんかで長々と過ごす。結局家に着いたのは1時前だった。明日は久々の面接で、WOWOWに行きます。実はうちは契約してないんだが、何を話そう。

3.19

11時起床。急いで昼食の後、元赤坂のWOWOWへ。14時からテクニカルセミナー。面接があるもんだと思って行ったら、説明会だけだった。1次面接は見学会を兼ねて、4月にやるとのこと。肩透かしをくらっ感じ。それと、WOWOWの技術職の場合、陣頭指揮がメインで実際の作業は委託とのこと。だったら一般職の方が面白いかなという気がした。帰宅後は夕方ゲーム、夜テレビ。見た番組は珍しく日テレづくしで、「ウリナリ」・金曜ロードショー「ベイブ」・「Fun」。「ベイブ」は動物の世界を人間的世界の置き換えで表現しているところが、かなり面白かった。

3.20

9時に起きるつもりが11時起きだったので、今日もバンドの個人練が進まなかった。13時から日吉の音練で、TMバンドの練習。うちらが音練に行ったときには、Joeが一人でドラム叩いてた。今日の練習はイッチーや丸木先生も来たので、音は厚かった(と思う)。続けて17時から、はっとりくんバンドの集まりに参加。久々の「しゅういち」で、ガンガン焼き肉。2次会は大倉山の秋山の部屋に行って、ゲームしながらダラダラと。帰って来たのは一昨日と同じ時間だった。

3.21

13時起床。昼食の後、バンドの個人練。18時から、今日も日吉でTMバンドの練習。ラストの3回目にして始めて、メンバーが全員揃う。出来は・・・本番に期待(笑)。終わり頃に神田や都木さんなんかが来て、飲みに行かないか、という話だったが、お金が無かったのでパスして帰宅。それでも家に着いたのは23時だった。

3.22

11時起床。昨日ネットで「テレ朝の結果来ました」という書き込みを見たのでまず郵便物をチェック。来てました。テレ朝とLF。まず、もう2次と筆記が行われたというLF。当然死刑宣告。これでめでたく10連敗。続いてテレ朝。通過者は自己紹介書封入とのことだが、明らかに中味がペラペラ。で、やっぱり死刑宣告。11連敗。それはしょうがないにしても、負けの内容がひどすぎる。全部「書類落ち」か「1次面接落ち」。ともあれ、キー局5社各2職種、終了。はっきりいって立ち直れん。っていうかもう就職活動したくない。で、今日は何をしたかというと、「オフ会」というものに始めて行ってきました。とあるマイラバファンのページで企画されてるのを見つけて、参入したのですが、出席者11名、年齢層は意外とかたまってて中学生から20代半ば(?)あたりまででした。1次会はイタリア料理の店で昼食、それからカラオケ。2次会は6名参加で飲み、さらにマックでダベる、といった内容。ほとんど場当たり的だったけど、なかなか楽しめました。最近マイラバのリリースがないせいか、あんまりマイラバの話はしなかったような気も。自分はいつものようにマイペースで言葉少なにやっていたので、あまり他の人の印象には残らなかったかも。ところで、「奇跡の地球」の桜井さんの方をちゃんと歌える人がいたのがさっすが、マイラバ(小林武史と言った方が正しい?)ファン(もちろん高木は桑田パートを歌って喝采を浴びたわけです。というか、これしかできん)。さらにさらに、今日はこのオフ会の最中にちょっと抜け出してWOWOWにも行ってきました。一般職のESを取りに。ここではたまたま菅谷ゼミ&同じ学科の高橋君に会った。彼も就職活動続行中とのことで、お互いこの先どこ受ける? といったような話をした。WOWOWの受付ではこの前の技術職の説明会の時に居た人事の人が、受付番号をチェックして書類を渡してくれた。社員数少ないと大変だなあ・・・などと思いつつ、赤坂を後にするのでした。最後に、飲み会に参加したムラカミさん・PONさん・K-zoさん・たまいさん・まささん、またどこかで会えるといいですね(ハンドルネーム違ってたらごめん)。

3.23

久々に寝放題だったので、14時起床。まずNTSに提出書類に関する件、WOWOWにセミナーの予約と、続けて電話。それから夕方まで研究室の課題のワード打ちをやる。WORDなんかわかってらい、とか思っていたのだが、書式変更等で意外と大変だった。夜はバンドの練習をちょっとして、あとはテレビ見ながらひたすらNTSのES書き。「救命病棟」「なりゆき」「Nジャパン」・・・映画「新・同棲時代」まで、フジで突っ走りました。今4時。明日7時起き。大丈夫か?

3.24

バンドの個人練習等で結局6時前まで起きてて、1時間程しか寝られなかった。半ば意地で、10時からのWOWOWの企業研究セミナー(at 有楽町マリオン)へ。はっきり言って技術のときに比べるとアバウトな事しか説明してもらえなかった気がする。聞いてる人数の違いがそうなったのかもしれないけれど。結局既にわかっているところだけ理解出来て、業務などの細かい所はよくわからなかった。12時前に終了し、渋谷郵便局に寄ってNTSの書類を出し、新宿京王モールの「らーめん亭」に寄って昼食の後、帰宅。ちょっとバンドの個人練習をして、16時からの本番のOMC追いコンへ。場所は新宿の歌舞伎町あたりにある「キャロルハウス」というところで、ライブハウス&バーといった感じの所。TM NETWORKバンドは2番目に演りました。寝不足で酒を入れたので演奏時には手元がちょっと怪しく、練習不足もあってミスタッチもかなりやってしまいましたが・・・この時期にバンドをやっただけでも自分ではたいしたものだと思って納得します。はい。しかも今回松っちゃん(松沢)と演れたのでこれで「同期の奴全員とバンドをやる」という偉業(?)を達成しました。これだけでも感無量です。というか自分がそれだけ「空気な存在」で誰とも折り合いが付かないことが無かったからというだけのような気もするけど・・・まあいいか。それだけお世話になった皆さんもこれで卒業、僕(吉村と源ちゃんと枝ちゃんもそうだけど)は残留ということで、なんとも複雑な気分ではございますが。思えばこいつらには自分を見せようとしなかったところもあるし、わかってもらおうとアプローチしたこともある、なんとも微妙な関係の人々だったと思います。まあみんな、僕みたいな空気の様な存在のことなんざ忘れて、これからも楽しかったり悲しかったり、やってくんでしょうね。それはそれでいいでしょう。自分もそろそろ、今まで以上に人に頼らず生きていく術を探さにゃいかんな、ということは確かでしょう。今までいた大学のサークル2つはほとんど厄介払いだろうし、ゼミも4年となりゃ腰掛け、研究室ははっきりいって馴染む気ゼロだし・・・いかんいかん、愚痴になってるぞ。ちょっと就職活動の他にも、やることが出来てしまった気がする今日この頃なのでした(何だそりゃ)。

3.25

10時起床・・・のつもりが二度寝してて、11時45分。研究室のCOM輪講が13時からあるので、慌てて南武線で日吉へ。10分遅れで到着。今日は、プレゼンテーションツールのPowerPointの説明。ところが、30分もせずに終わる。2年前に授業で一応習ったんで、特に聞くこともなかったのでした。帰りに久々に「ひよし家」で昼食、それから帰宅。夜は「リング」の最終回を見て、それからFFに走った。気が付いたら空が白んでたよ。ふう。(3.26に記述)

3.26

10時半起床。昨日同様時間が押してて、13時から築地の朝日新聞で技術職の見学会&1次面接。結局シャワーだけ浴びて、朝食とれずに直行。今日の会は参加者7名(予定は10人だったらしい)と今までになく小規模なものだった。まず人事の方の説明の後、仕事紹介のビデオを見て、本社の技術部門を見学。まずコンピュータシステムの管理をやっているシステム部、次に写真や題字の編集をやっている画像部、それから紙面編集をやる制作部、最後に地下の工場に行って夕刊の印刷をしているところも見た。やはり一番見応えのあったのは、記者のデスクなんかもあって新聞社らしい雰囲気の画像部の所かな。ここは1フロアぶち抜きで政治・経済・外信・編集なんかがごった煮になってて、何しろ新聞社らしいところだった。もちろん、輪転機が回ってる所もそれはそれですごい雰囲気の所なのだが。何しろフロアで雰囲気が全然違うのが、新聞社なのだと思った。見学の後は、ちょっと休みを挟んでから、面接。技術関連の部署の次長の方4名と、受験者はうちらの組は3人だった。時間が45分と今までになく長く、はっきり言ってネタが苦しかった。新聞第一志望じゃないし、朝日しか受けないし。主に聞かれたのは・・・といっても、時間があったので志望書に書いた事を片っ端から聞かれた気がする。新聞とテレビではこうも違うのか・・・っていうか、テレビも3次とかはこんななんだろうな。1度も行かなかったからわかんないけど。自己分析について「話している分にはわからないんですが、ここに書いてあるように内向的なんですか」とか、やってみたい仕事について「衛星を使った記事送信システムとユーザーが使いやすい記事データベースとあるけど、詳しく聞かせてください」とか、「あなたはマスメディア志望のようですが、それはなぜですか」など、何しろ色々聞かれた。半分くらいちゃんと答えて(自己否定ものは答えやすかった)、半分くらい答えに詰まった(今まで何度も痛い目見ている、「具体的に・・・」路線の奴)。感触としては、30点かな。テレビに比べると、後悔するようなことは少なかったかも。連絡は今日の夜ということで、またも秒殺か、とか思いながら、終了。食事抜きだったので、本当に辛かった。帰りに築地のドトールで朝食(といっても、この時既に16時半)、で帰宅。テレビは「ウリナリ」のスペシャルを見る。その最中、なんと朝日新聞から電話。「2次面接に来て頂くことになりましたので・・・」って、本当かよ、おい。人生いつかは報われる、と思った瞬間でした。はじめて、1次を通過しました。放送じゃないけど。勝因はやはり新聞志望じゃなくて、放送志望だったからかな、とか、へそ曲がりな考えを持ったりした。やっぱり新聞社の人はテレビ局の人とは違うよ、とか思ったりも・・・ただ単に長い面接のほうが自分に向いてるだけだったりして。まあ、色々考える所はありますが、29日の2次頑張るぞ。LFの書類通過以来の、いや、それ以上の喜びに耽るのでした。

3.27

12時半起床。昼の間、部屋の機材の整理と曲作り。夜はゴールデン洋画「メジャーリーグ2」を見た。1作目に比べるとつまらなかった。何だかわからないうちに過ぎた1日でした。

3.28

14時起床。前に録っておいた「ケイゾク」の最終回を見る。結末はそれまでの展開からおおよそは読めていたが、TBSらしく、ん?、という終わり方だった。やっぱり映画があるから? 夕方はHPいじりと研究室の課題を少し。夜はテレビで「からくりTV」「ASAYAN」「スーパーワイド」「東京NEWS」と見る。「元禄繚乱」はBSの方を見ようとしたら妹のビデオ録りにチャンネルを取られた。最後にMXの番組を見たのは、その時MXのESを書いていたから。僕の好きな東京NEWSの中の小番組「東京輪舞曲」に研究所の先輩の西富さんがちょこっと出てた。メインでインタビューされてた人はうちの大学の人なんだろうか。MXは面白い(funnyじゃなくてinterestingの方)番組とつまらない番組しかないところがいいと思う。

3.29

11時起床。14時から、朝日新聞技術職の2次面接。14時の組は7人の予定で、自分も含めて6人の人が集まった。13時の組と合わせて前半組(4月に後半組がある)で1次を通ったのは17名とのことだった。着いてまずやったのは作文。「10年後の新聞とあなたの仕事」といったようなタイトルで600字、時間は40分。未来ものに関する持ちネタを使ったので意外にすんなり書けた。それから13時組の面接が終わった後で、うちらの組の面接。6人を2組に分けられ、自分達は受験者4対面接者3で、制作・システムの部長・局次長の方が面接者だった(もうひと組の方は欠席者がいたので2対3でさせられた)。今まで受けて来た面接の中で一番「なごみムード」だったと思う。思わず自分も技術で受けた理由を「試験がないからというのが正直な所大きいです」と言って、受験者・面接者双方から爆笑をかった。和やかだっただけに、今回は合否の感触が今まで以上にわからなかった。どうなることやら。結果は後半組の2次が終わる6日までに、ということなので1週間生殺し。そりゃ辛いよ・・・。朝日新聞を出た後は新橋に向かい、ゆりかもめでテレコムセンターへ。MXのES提出。今日出る前に、結果の返信用封筒に貼る切手を買うのを忘れてて、テレコムセンターの中に郵便局あったかなー、とか思って行ったらちゃんとあった。人口密度は薄くとも、さすが名目は情報発進基地(なんのこっちゃ)。無事MXの受付に書類を出して(今日はセコムのおじさんじゃなかった)、バスで芝浦埠頭へ。田町まで歩き、無性に腹が減っていたので、そばを食べて帰宅。家でのテレビは「HEY!」と「Nステ」を見た。今日はテレビ見ながらNEP(NHKエンタープライズ21)のES書きを展開中。

3.30

12時起床。まず、NEPのES書きを終える。夕方これと文化放送の応募葉書を出すべく、わざわざ四谷郵便局(文化放送の近く)まで行く。帰りは代々木で降りて紀伊国屋書店に寄る。帰りは新宿に出たのだが、はっきり言って新宿から行くより代々木の方が近かった。帰宅後はウダウダテレビと読書。NHKの試験対策全く進まず。書類通るかわかんないから、電話が来るまでいいか(いいわけない!)。

3.31

大学3年最後の日を、終始FF8で過ごす。テレビも改編期の特番は見ていてこっちが恥ずかしくなるようなものが多いので、たいして見なかった。というわけで、学習能力ゼロっぷりと築かれた敗戦の山だけが印象に残る3月なのでした。4月はいい月になって欲しいものです。
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