2004.1.01(Wed)-1.31(Sat)
1.01
(もはや新春などとも言えない12日に、振り返って書いているのですが・・・)あけましておめでとうございます。すっかり前日の仕事で精神的にも体力的にも参っていたので、1日寝正月を決行。昼頃まで寝て、その後も1日パジャマで寝るかゲームするかのダラダラした1日を過ごす。本当にインパクトのない1日でした。(1.12に記述)
1.02
前日同様昼まで寝てしまい、このままでは繰り返しだ、と思っていたら家族で初詣に行こう、という話になり(そういう話を1日にしないところがなんとも・・・)夕方前の時間になって、歩いて高幡不動へ。2日なんて空いてんだろ、なんて思ってたらこれが侮れず、思ったより混んでました。同じ事考える人はやはりそこそこ居るようで。帰りも歩いて帰り、食事のネタ探しで「スーパーアルプス」にも寄ったりしたもんで、すっかり日暮れ時に。食事の後は昼まで寝たのが災いして、相変わらずの夜更かしモード。(1.12に記述)
1.03
いいかげん2日もボケボケ過ごせばそろそろ何かやらなきゃと思ってくるはずなのだが、「もう1日休みあるからいいや」という方向に転んでしまい、結局1日籠りっきり生活。勉強しないというか何というか・・・。まあそれでも暫くゆっくり見る時間もなかったテレビを見まくった事が多少なりともストレス解消になったかも。久々の「古畑任三郎」も楽しめたし。(1.12に記述)
1.04
午前中のイッチーの携帯メールで目が覚める。「氣志團」のライブに行かないか、という内容で、ほとんど予備知識がないアーティストのライブを見に行くという事がなかった(そもそもインドア派なのでライブ自体滅多に行かない)自分としては、ちょっと躊躇したが、違った刺激があってもいいかな、という気分になったので結局行く事に。諸々準備で手間取り出るのが15時過ぎになり、買い物に寄ってから行く予定を変更し九段下へ直行。「エクセルシオール」でちょっと時間をつぶした後、武道館へ。17時開演だったのだが、やることやること20時半までの大ステージ。まあ歌いっぱなし弾きっぱなしでなく、ところどころにトークあり出しVありの、本当に「エンタテイメントショー」的な面が強かった。もうひとつびっくりしたのはファン層が若い事。まわりは10代の女の子が圧倒的に多かったのだが、メンバーのトークのネタは明らかに20台後半狙いなネタばかりで、う〜ん、不思議な感じ。まわりでうちら2人だけウケてたような場面も。4649円(この辺まで凝ってるところがさすが)払った価値はあったかなあ、という気分にはなった。帰りは九段の駅前の飲み屋でスタッフサイドで見ていた岡と合流し3人で新年飲み(?)。23時の閉店まで居座り、結局帰りは高幡からタクシー。明日仕事始めだったような気が・・・。(1.12に記述)
1.05
社長年頭挨拶のため、品川に(なぜか本社の五反田ではなく)朝行く事になっており、7時起床でなんとか9時に滑り込む。松井さんの3本締も含めてあっという間に終わり、10時半頃赤坂に戻る。さすがに追われるような事態ではなく、マイペースに仕事ができたが・・・まあ時間の問題でしょう。早く上がる早く上がる、と意識してた割には22時過ぎの上がりで、新宿モスで日記書いてたらあっという間に0時、結局京王線が終電、高幡からタクシー。(1.12に記述)
1.06
7時半には起きる事ができ、9時半出社(まずまず)。昨日に続き余裕があったので、月間スケジュールの整理とかにゆっくり時間をとる事ができ、すっきりした1日だった。入れていた仕事も順調に終わり、19時から職場の飲み会があったので、1時間遅れくらいで参加。まあ現場スタッフの勢いのある事ある事。若いってのはいいねえ・・・。23時前くらいに仕事が残っていて会社に戻っていた藤木さんから電話があり、デジタイズ作業のトラブルがあるから対処してほしいとの事で、早速現場の状況を確認し、取って返しで編集室へ。ダビング1回済ませれば何とかなる問題だったので内部的に処理を済ませてしまい、そのままちょっとだけ作業に立ち会って、24時頃に上がる。(1.12に記述)
1.07
まだなんとか8時前に起きられ、9時半過ぎ出社。仕事の方はまだ落ち着き気味だったので、テンパる事もなく過ぎる。1月のスケジュールをまとめるのになぜかそこそこ時間がかかり22時過ぎになったら「食事でも」という話になり、増山・早出・塚野(・後から藤木)のメンバーで「香港亭」に行く事に。結局、がっちり食べてがっちり飲んでしまい、26時コース(本当にこのあたりの時間の感覚は鈍い面々らしい)。もはやバスにも間に合わない上、次の日作業立会で外出の件が合ったので会社に泊まる気にもなれなかったので、久々に全面タクシー帰宅(藤木@三鷹経由)。(1.12に記述)
1.08
早く起きられるはずもなく8時半起床。作業立会で10時過ぎに品川のセンターに着くが、客入り遅れで逆に待つ羽目に。11時過ぎに進行さんが着き、今後の段取りの話だけとっととしてしまい退散する事に。それでも赤坂見附着が13時前で、「サブウェイ」でとっとと昼食済ませて赤坂入り。もう1件外出するつもりでいたものの、翌週のシフトの件はじめ片付かない件がいくらかあり、諦めて23時半頃までデスクワーク。京王線が終電になりまたも高幡からタクシー。(1.12に記述)
1.09
さすがに体がもたず7時半過ぎ起床で慌てて出て、8時45分からの清掃に5分遅刻。そそくさと済ませて朝礼をこなし、昼過ぎまでデスクワーク。得意先に新年の挨拶兼請求書渡しに出て、ついでに恵比寿の「よってこや」で昼食。戻ってからは絶不調で常に進捗状況を見つつの件が1件あった事もあり、25時上がりで本年最初のタクシー→深夜バスで府中→タクシーで、26時半帰宅。翌日出勤なんですけど・・・。(1.12に記述)
1.10
土曜出勤のため7時半起床。9時ジャストくらいに赤坂見附に着き、無精して朝マックの後9時10分出社。昼過ぎまでは至って平和に事が進み、15時半ジャストでカウンターが締められる楽勝!の展開かと思いきや、スタートが出ない件で1時間くらい。更に昨日からトラブル続出の件で1時間強。結局19時前にやっと上がる事ができ、17時〜予定だったバンドの新年会に見事遅れて参加。うちらの定番のひとつ桜新町のお好み焼き「ぼちぼち」でたらふく。更に飲むべくサザエさん通りの飲み屋(店名忘れてもうた・・・)で0時前まで飲み続け、京王線の終電に何とか間に合い25時過ぎに帰宅。(1.12に記述)
1.11
仕事疲れと飲み疲れとで夕方前までノックアウト。今日行かなきゃ行けないと思い、着るものを買いに新宿へ。丸井の駐車場に停め、紀伊国屋→サウス紀伊国屋→マイシティ→丸井と移動し、結局マルイで着るものを買ったのみ(しかも時間切れで揃いきらなかったような)。その後は8日からトラブル続出で延長戦に突入したDSの仕事の進捗確認のため、会社へ向かう。2時間くらい見て終わりが見えてきたら帰ろう、などと思っていたら全くもってズルズルいってしまい、しかも自分が最終チェックの役で居た方がいい事がわかってしまったため、結局明けて翌日のラストまで居る羽目に。しかしここで朦朧としながら出した指示が翌日大変な事になるとは、この時には想像も出来ず・・・。(1.12に記述)
1.12
4日続きの作業がなんとか11時過ぎで終わり、納品物もまとめてさあ帰るか・・・とここまでは良かったのだが、流れ流れて着いた先の南大沢のモスで昼食をとっていると電話がかかってきて、朝終わった作業の納品物に関して、客からクレームがあり、ひどく怒られたとの電話が出勤番の野上から入り、立て続けにこの件の営業担当の増山さんから「どうなってるんだ」との電話が。よくよく考えたら最終的な作業と納品の詰めが全くできていいなかった上に、自分がこの先のスケジュールを間違えて把握していて、もうひっちゃかめっちゃか。増山さんには電話で怒鳴られ続け、なすすべもなく会社にとりあえず車を飛ばし、自分がわかっている連絡手段を使ってなんとか先方に謝りの連絡を入れ(それも結構時間がかかった挙げ句に留守電が精一杯だったが)・・・完全にへこみました。というより「またやっちゃいました」に近いかも。明日が恐ろしいのなんのというのと、また自分の限界が(精神的にも体力的にも)近いんではないかという諦めの胸中になってきたのとで、またも迷走状態。それでもこんな時に1週分以上の日記を、和田のガストで書いているのは、明らかに現実逃避でしょう。
1.13〜
すいません。とても日記なぞ書いておれない時期が続き、落としました。この後猛烈に体調崩し、かつ会社も休む訳に行かない状態が続き、ようやく休める状態になったと同時に倒れたりして、救急車一歩手前までいったりと・・・。この期間が一番激烈だった気がするので、ダイジェストで。(以降含めて、2.23に記述)
1.13〜18
日曜の迷走状態から明けて、当分この件最優先で動き続け、かつ自分が担当で入れていた仕事も来ていたので赤坂内外、方々へ動き回ってました。熱っぽい状態が続いたものの、とても会社を休んで責任放棄できる状態でなかったので出続けたものの、頭の回転が最悪だったのでまともに対処できず怒られ、怒られてはますます精神的に追い詰められ頭の回転が鈍る、という悪循環の繰り返し。おまけに増山さんの一連の件で、週末に入れていた作業がそのシステムではオーバーワークで途中放棄する羽目になり、ますますもって精神的に参った状態に。今思い出しても、この時期が一番ヤバかった気がする。色々な意味で。
1.19〜25
先週の件のフォローと、更に新たな別件の打ち合わせ、得意先との飲みなんかがありつつ、の1週間だったが既にこの時点で体調不良は絶頂期にあり、なんでこの1週間を休まず、しかも酒まで入れて乗り切ったのかが不思議でならない。ただ、体調最悪なのは顔に出てたらしく、行く先々、会う人会う人、「前より明らかにやつれた」等の印象をもらう。増山さんの映画物件はいよいよ佳境に突入し、もうひと息、のところまで・・・。
1.26〜31
無事映画の件が次の仕上げ作業へ移行し、自分の手を離れた・・・というところで、倒れました。先週から日野医院には通っていて、風邪の薬は飲んでいたものの、安静にしていなかったのが災いしたのかそもそも過労だったのか、今となってはわかりませんが。27日の帰宅途中、突然のめまいで電車に乗っていられなくなり、三鷹駅のベンチで10分程横になり、更に改札奥のベットで1時間(さすが終電の到着地三鷹、余程倒れる人が多いんでしょう)。結局家族を呼ぶ事になり、終電くらいの時間に来てもらい、そのままタクシーで深夜外来の対応をしてくれるという事で、近くの三鷹中央病院へ。風邪に端を発したものだろうという事で点滴を受け(当直の医者の方も風邪気味だったり、看護婦さんが無茶苦茶下手でなかなか針が刺さらなかったりと、よくよく考えると結構ひどい診療だったような気も・・・)、明け方ようやく歩ける程度にはなりタクシーで帰宅、以後2日間は寝たきりに。復帰後も風邪の症状こそおさまったものの、頭痛と咳は相変わらず持病のような状態が続いております・・・。たまたま見た「スマステ」でやってた「脳硬塞の前触れ」に結構あてはまってるし、正直ヤバいと思ってます。とか書きつつ、これが深夜のファミレスだったりするのは、反省する思考力さえなくなってるのかも・・・。
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