CUMA
クーマ
<概要>

 CumaのParco Archelogico(考古学公園)。紀元前8世紀のMagna Grechiaにおける西側初の殖民都市がCumaです。ギリシャ人はまずIschia島に上陸し、そして小高い丘から海を一望できるCumaへやってきました。5世紀〜6世紀頃には丘の上の町が寂れはじめ、915年のサラセン人襲来でCumaは崩壊しました。ここの時間はそこから止まっています。

<見所>

 遺跡内に入ると、ネクロポリと呼ばれる古墳(Crypta Romana)があった地下道が見られる。このネクロポリの左手にはギリシャ神話の登場人物シビッラの洞窟がある。醜いシビッラは人にその姿を見られることを嫌い、トンネルの一番奥の光の当たらない真っ暗な部屋にこもっていたらしい。その洞窟の前で絵画の個展が開かれており、通りかかったら関係者の少女二人に声をかけられた。そのうち一人は流暢に英語を話し、父親の後妻が日本人で横浜に行ったことがあると。なんとも偶然な。

 下の平地に位置するアポロ神殿はゴート族との戦いで崩れてしまい、現在遺跡の中に残るアポロ神殿は古代ローマのアウグストス皇帝時代に修復されたもの。初代キリスト教時代に神殿はバジリカに変容された。付近には水をためるための貯水槽の跡もある。

 このアポロ神殿横から緩やかに続く坂道の上にジュピター神殿がある。時代の流れと共に、初代キリスト教時代に聖なる神殿から教会へと変容した。写真手前の小さな穴は、貯水槽のように思われるが、洗礼のための聖水がおかれていた場所。内側には装飾の大理石のかけらが今も残る。その2つのアーチ横には小さな棺が残っている。


ネクロポリがあった地下道


上の方にCumaの」遺跡があります


Arco Felice

Tempio di Appllo(アポロ神殿跡)

下の平地に位置するアポロ神殿

Tempio di Giove(ジュピター神殿)

Tempio di Giove(ジュピター神殿)

Tempio di Giove(ジュピター神殿)

長い砂浜

ローマ街道のような道

Antro della Sibilla(Sibillaの洞窟)

Sibillaはこの洞窟の奥にいたらしい