SELINUNTE
セリヌンテ
<見所>

 SelinunteはSicilia最西端のギリシャ古代都市で紀元前7世紀半ばに建設され、紀元前5世にには現在見られる巨大な遺跡を建設するが、紀元前409年、敵対関係にあったSegestaの援軍として来襲したカルタゴ軍に破壊された。その後、都市は一進一退するが第一次ポエニ戦争後、紀元前250年頃には人が住まなくなり、ビザンチン時代の大地震で大きな建造物は崩壊し、がれきの山と化した。その後は建設資材の採石場となり、16世紀半ばにドメニコ会修道士が都市の位置をを再確認し、1823年には近代考古学に基づいた発掘が始まった。

 遺跡は東神殿群とAcropoliに別れる。東神殿群は紀元前5世紀頃の建造物。北端のG神殿はゼウスに捧げた古代最大級の巨大な神殿(113mx54m)で、紀元前550年にカルタゴ軍に破壊された時には建設途中だった。1832年に修復された大円柱が1本だけ際だっている。中央のF神殿は紀元前560-540年に女神Atenaに捧げたアルカイック様式の神殿だが、ほとんど崩壊したまま。南端のE神殿は紀元前480年頃に女神Heraに捧げられたドーリア様式の神殿。1950年代後半に修復され、東神殿群の中で際立っている。

 暑かったので行かなかったが、東神殿群から西へ1kmほどゆくとAcropoliがある。A,B,C,D,0と称する神殿群があるが、形を留めているのは紀元前6世紀半に建設されたC神殿のみ。64mX24mの神殿で1925-27年に14本の円柱が修復された。直行する大通りの遺構もある。紀元前409年以降、限られた都市部だけを城塞化して防御にあたったらしい。


東神殿群のE神殿。


E神殿の正面。


E神殿内部。祭壇が残っている。

E神殿内部。

AcropoliのC神殿。

崩れているG神殿。

手前の瓦礫がF神殿、後ろがG神殿。

サボテンの実。