AOSTA
アオスタ
<旅のメモ>

2005.8.13

 今日も朝からとっても良い天気です。早めに朝食を済ませアントレーヴのホテルからちょっとだけ高速道路を通ってアオスタにやって来ました。人口3万6千人のアオスタ特別自治州の州都です。紀元前25年にローマ軍がこの町にやって来た時から歴史に名を残し始めます。

 町はローマ時代の四角い城壁に囲まれていた時代の面影を残し、未だに基本的に四角くて碁盤の目の構造となっています。町の中心をほぼ東西に貫く通りがメインストリートで、その両脇に商店が連なっています。このメインストリートを西から東に向かって進むと次々と通りの名前が変わって行きます。まずはvia E. Auberから次いでvia de Tillierへ。その先は広場(piazza E. Chanoux)になっていて北側に市庁舎(Municipio)があります。たまたまこの日はこの広場で市が立っていて賑やかでした。更に東に進むと通りはvia Pretorianeと名を変え、その先にあるプレトリア門(Porta Pretoria)をくぐります。

 プレトリア門は紀元前1世紀の古い城壁の一部であり、門が二重構造になっています。門をくぐる前に北に入るとローマ劇場考古学公園(Parco archeologico del Teatro Romano)、ローマ円形劇場、ローマ公衆浴場、大聖堂広場、フォロ・ロマーノなどがあります。たまたまこの日はローマ劇場が修復工事中であり、養生されていました。その横にはチーズの塔(Tour Fromage)と称するものが建っているのですが、何だか良く分かりません。

 プレトリア門を更に東に進むと通りはvia S. Anselmoと名を変えます。道の途中ちょっと北にはいると11世紀のロマネスク様式の鐘楼サントルソ教会(S. Orso)が見えます。そしてメインストリートの終点にはアウグストゥスの凱旋門(Arco di August)があります。これは町が創設された紀元前25年に作られたもの。

 再びメインストリート通って戻ります。途中市庁舎の北西に11〜12世紀のロマネスク様式の大聖堂(Cattedrale)があります。

 昼食はvia de Tillierから横丁を北に入った場所にある小さなホテルのレストランで取りました。一見、庶民的な感じで良かったので中に入り、中庭の席に案内されたのですが、その後いつまで経っても注文を聞きに来ません。15分くらいしてようやくやって来た。軽く済ませるつもりだったので二人でピッツァと、車の運転があるのでミネラルウォーターを注文しました。再びしばらく待たされてからピッツァと水が運ばれてきました。待っている間に他にも3〜4組みの客が入っており、よく見ると彼らのテーブルにはパンが置かれています。しかし我々のテーブルにはパンを持ってきませんでした。お腹も空いていないのでまあ良しとしてましたが、支払の時、勘定書をみるとしっかりコペルト(席料)が取られています。私の理解ではコペルトにはパンも含まれているはず。店員を呼んで何故コペルトが必要かと問いただすと、習慣的な席料だと言う。同じ料金のコペルトを支払って、他の客にはパンを出しているのに我々には出さないのかと問いつめると、ピッツァの場合にはパンを出さないと言う。ならばコペルトは安くすべきと主張したのですが、分からないふりをするのでバカバカしくなって止めました。最後に”ひどいサービス”と言って席を立ちました。私の印象では東洋人をなめていたように感じます。気にくわないので名前を公表しちゃいます。

La Belle Eqoque
via d'Avise, 18, 11100 AOSTA

 食後、アオスタ特産のGenepi(2000m以上の高地で採れる薬草の入った緑色あるいは茶色のリキュール)とGrappaを仕入れ、次の目的地ブレイユ-チェルヴィーノへと向かいました。


via de Tillier<aosta-n11>


噴水の水で乾きを癒す人<aosta-n18>


市庁舎<aosta-n02>

市庁舎前の市<aosta-n15>

パスタやポルチーニなどの乾物屋<aosta-n12>

プレトリア門(西側)<aosta-n03>

プレトリア門(中間)<aosta-n14>

プレトリア門(東側)<aosta-n13>

ローマ劇場考古学公園<aosta-n05>

ローマ劇場考古学公園<aosta-n07>

チーズの塔<aosta-n04>

サントルソ教会の鐘楼<aosta-n09>

サントルソ教会<aosta-n08>

ケーキ屋さん<aosta-n19>

アウグストゥスの凱旋門<aosta-n10>

大聖堂<aosta-n16>

大聖堂<aosta-n17>