S. MARIA CAPUA VETERE
サンタ・マリア・カプア・ヴェテレ
<旅のメモ>

2013.4.28

 Cumaから高速道路に乗ってS. M. Capua Vetereへと向かいます。紀元前471年にエトルリア人によって建設され、後にサムニウム族が共生し、その後ローマに併合された町。9世紀にはサラセン人の略奪を受けて住民はCapuaへと移り住み、ここは見捨てられてしまったそうです。町の北側にはカンパーニアの円形闘技場(Anfiteatro Campania)が残っています。これはローマのコロッセオの直後、1世紀末〜2世紀初頃に建設され、コロッセオに次ぐ規模(169mx139m)なのだとか。ランゴバルド族の要塞として利用された後は放置されていたそうです。隣にあるAntiquarium(考古学史料館)にはここで出土したローマ時代の碑銘などがありますが、それほど興味深いものはないように感じました。

 円形闘技場を西に行くとCorso Aldo Moroの端にアドリアーノ門(Arco di Adriano)が、現在も幹線となっている道路をまたいでいます。通行の邪魔のようにも見えますが、これは古代ローマのハドリアヌス帝が町の入口として建てた門で、歴史を感じさせます。

 町の中心部にある駐車場に車を停め、古代カプア考古学博物館(Museo Archelogico dell’AnticaCapua)を探します。ガイドブックの地図が間違っており、博物館の入口を見つけられずに困ってしまいました。たまたま近くにBarで昼間のお酒を楽しんでいる若い男性がいたので、道を尋ねたら丁寧に教えてくれました。南伊は親切な人が多いという印象です。ようやく見つけた博物館ではエトルリア時代の陶器や青銅器、サムニウム時代の装飾石棺、ハンイバルからカエサル時代の出土品が展示されていて、見応えがあります。見学を終えたら、博物館の男性が近くにあるミトレオ(Mitreo)まで連れて行ってくれて、鍵を開けて中を見せてくれました。ペルシャ王ミトラを崇拝するミトラ教の遺跡。保存状態が良く、“雄牛を殺すミトラ”の2世紀のフレスコ画が残っています。案内してくれた男性に2ユーロを渡して見学終了。駐車場に戻ってBeneventoへと向かいます。

 途中、Casertaでブルボン家の王宮(18-19世紀)の前を通りましたが、あまり興味がないので通り過ぎてSS7を目指します。谷間を抜けてBeneventoに向かうSS7の奥には紀元前321年にローマ軍がサムニウム族の計略にかかって敗北した山道Forche Caudineが確認されています。


Arco di Adriano


Anfiteatro Campania


Anfiteatro Campania

Anfiteatro Campania

街並

ミトレオ(Mitreo)の入口

ミトレオ(Mitreo)

ミトレオ(Mitreo)