CUMA
クーマ
<旅のメモ>

2013.4.28

 GPSを頼ってCumaへとドライヴ。GPSは道の細さを考えていないので、とんでもなく狭い道へと導かれてしまいましたが、何とか切り抜けてCumaのParco Archelogico(考古学公園)にたどり着きました。紀元前8世紀のMagna Grechiaにおける西側初の殖民都市がCumaです。ギリシャ人はまずIschia島に上陸し、そして小高い丘から海を一望できるCumaへやってきました。5世紀〜6世紀頃には丘の上の町が寂れはじめ、915年のサラセン人襲来でCumaは崩壊しました。ここの時間はそこから止まっています。

 ここでもいつものように無料駐車場を仕切る男性がいたので1ユーロを渡し、入口で入園料金を払って園内に入ります。公園管理の女性達は古そうなデザインの制服を着ており、何というか昔っぽい感じです。遺跡内に入ると、ネクロポリと呼ばれる古墳(Crypta Romana)があった地下道が見られます。このネクロポリの左手にはギリシャ神話の登場人物シビッラの洞窟があります。醜いシビッラは人にその姿を見られることを嫌い、トンネルの一番奥の光の当たらない真っ暗な部屋にこもっていたそうです。その洞窟の前で絵画の個展が開かれており、通りかかったら関係者の少女二人に声をかけられました。そのうちの一人は流暢な英語を話します。聞けば父親の後妻が日本人で横浜に行ったことがあるとのこと。偶然ですね。

 下の平地に位置するアポロ神殿はゴート族との戦いで崩れてしまい、現在遺跡の中に残るアポロ神殿は古代ローマのアウグストス皇帝時代に修復されたもの。初代キリスト教時代に神殿はバジリカに転用されました。付近には水をためるための貯水槽の跡もあります。

 このアポロ神殿横から緩やかに続く坂道の上にジュピター神殿があります。時代の流れと共に、初期キリスト教時代に教会へと転用されました。写真の小さな穴は、貯水槽のようにも見えますが、洗礼のための聖水がおかれていた場所。内側には装飾の大理石のかけらが今も残っています。その2つのアーチ横には小さな棺が残っています。

 Cumaから高速道路に乗ってS. M. Capua Vetereへと向かいます。


ネクロポリがあった地下道


上の方にCumaの遺跡があります


Arco Felice

Tempio di Appllo(アポロ神殿跡)

下の平地に位置するアポロ神殿

Tempio di Giove(ジュピター神殿)

Tempio di Giove(ジュピター神殿)

Tempio di Giove(ジュピター神殿)

長い砂浜

ローマ街道のような道

Antro della Sibilla(Sibillaの洞窟)

Sibillaはこの洞窟の奥にいたらしい