NAPOLI
ナポリ
<旅のメモ>

第一日目(2013.5.3)

 Solfataraを出てナポリ空港へと向かいます。途中で軽油を給油して、15時前にHertzに到着し車を返却しました。返却時車をチェックした男性はボディの傷を「大したことはない」と言いましたが、事務所ではペナルティとして400ユーロほど取られました。事故証明がないとレンタカー会社の保険が適用できないことを忘れていました。

 レンタカーエリアからシャトルバスに乗って空港の出発ロビーに到着。そこから到着ロビーに移動してホテルのシャトルハイヤーの運転手を待つこと約10分。予定通り3時半にドライバーが来ました。ドライバーは気のいい英語の上手なMarco。車は黒塗りの大型ベンツで豪華です。ちょっと心配になったので“料金の30ユーロは現金か、ホテルで払うのか?”と聞いたら“どちらでも!”との答えが戻ってきたので安心した。車は20分ほど走りホテルの前まで来ると、電話をしてホテルスタッフを呼び出してくれました。

B&B Belle Arti Resort
Via S.Maria Di Costantinopoli 27, Centro Storico, Napoli, 80138
Tel +390815571062
info@belleartiresort.it
EURO102.00 / night (incl.TAX/BF)

 ホテルは比較的広いVia S. Maria di Constantinopoliに面しています。ゲートの中は中庭のようになっており、アパートや会社などの建物がその中庭に面して建っています。ホテルはその中の一つ。迎えに来たスタッフの男性は荷物を半分持ってホテルへと案内してくれます。二階に上がるとホテルのロビー。チェックインして、部屋に案内してもらいます。高い天井にだまし絵が描かれ、室内は広々してスーツケース2個が自在に開けられます。幅の広いガラスの机もあってPC操作、パンフレットや地図などの整理にも便利です。朝食は用紙に欲しいもの(コーヒー、ジュース、クロワッサン、ジャム、バター、ハム、ソーセージ、卵などなど、選択肢は盛りだくさん)をチェックし、希望の時刻を記入してロビーの机の上に置いておきます。すると翌朝、希望した時刻に部屋に朝食が運ばれてくる仕組みです。B&Bなのでスタッフが常駐ではないため、外出時はゲートとホテル入口の鍵を持って行きます。部屋の鍵はロビーの机の上に置いていくことになっています。

 ナポリの人口は約100万で、周辺の町を含めたナポリ都市圏の人口は約300万。この人口過密は古くから大きな社会問題だそうです。さらに有名なカモッラ(ナポリのヤクザ)は今日でも社会に大きな影響を与えていると言われています。ナポリは紀元前6世紀に古代ギリシア人によって建市されました。「ナポリ」の語源はギリシア語の「ネアポリス」(新しいポリス)であり、最初に建設された植民都市パルテノペから数キロはなれた場所に新しく建設された町という意味です。その後、ナポリは長くローマ帝国の支配下にあったが、5世紀に西ローマ帝国が滅亡して以降、東ゴート族やランゴバルド族の支配が及ぶなど流動的な状況となりました。7世紀にはナポリに東ローマ系の公国が置かれました。12世紀にはナポリ公国はノルマン人の手に落ち、さらに神聖ローマ皇帝の支配に移ります。13世紀にはローマ教皇の下でアンジュー家がシチリア王国の首都をパレルモからナポリに遷都。15世紀にフランス・ヴァロワ朝のシャルル8世がナポリを武力占領、その数年後にスペインのコルドバ将軍がナポリを征服。1707年にオーストリア・ハプスブルク家の軍隊がナポリに入城し、1734年まで支配が続きました。1806年から1815年にかけてナポレオン・ボナパルトの兄ジョゼフ、次いで妹婿のミュラを王に戴きますが、1816年にフェルディナンドがナポリとシチリアの王として返り咲き、国名を正式に両シチリア王国とします。1860年、両シチリア王国はジュゼッペ・ガリバルディに征服され、翌1861年に成立するイタリア王国に併合されました。なんとも目まぐるしいこの歴史が今のナポリの様子を物語っています。

 さて、いよいよ治安が悪いことで有名なナポリを散策です。荷物を小さいバッグに入れ替えて、先ずはホテルのすぐそばにあるMuseo Archelogoco Nazionale(国立考古学博物館)へ向かいます。煤けた建物と散乱したゴミ、無秩序な走りの車が治安の悪さを予感させます。中国式に信号は無視して車の流れだけを注意しながら大きなVia Foriaを渡ると目の前が博物館。Museo Metroと書いてある半地下に入ったら、そこは地下鉄工事中に出土した品物を展示する地下鉄のMuseoでした。無料です。

 今度は本当のMuseoに入ります。大きな“ポンペイの赤“の色をした建物です。ポンペイやエルコラーノ遺跡からの発掘品を中心に、膨大な数の発掘品を収めています。ポンペイのファウノ家から発掘された「アレキサンダー大王とダリウス大王の戦い」をはじめ、ローマ時代の彫像、石棺、モザイク画、フレスコ画、ガラス・宝飾品まで、見応えがあります。

 次はベッリーニ広場(Piazza Bellini)に行ってみます。オープンカフェが点在し、若い人達が沢山集まっています。尤も大学生くらいの若い人達はカフェには入らず、ビール瓶を片手にベンチやモニュメントの上に座って楽しんでいます。ゴミが散乱していたり、そこかしこに落書きがあったりするのはちょっといただけませんが、全体としては落ち着いた雰囲気です。柵の中を覗き込むとギリシャ時代の城壁跡があります。

 ここからVia dei Tribunaliを東に向かってスパッカ・ナポリを歩きます。ナポリを訪れるなら、一度は見ておきたいナポリの下町、通称「スパッカナポリ」。「ナポリを真二つに割った」と言う意味があり、その名の通り、見事に直進する通りが貫く旧市街エリアのひとつで、雑多なカオス・ナポリ がここにあります。中心となるのは、Via Biagio dei LibraiとVia dei Tribunali。この二本の通りの周辺に主要な教会が集中しています。頭上に洗濯物がはためく細い路地裏を数人乗りのスクーターが走り抜ける。観光客が多くて治安の悪さはあまり感じませんが、落書きやゴミは多いですね。

最初に目に付いたのがS. Maria Maggiore教会。起源は6世紀ですが、1653年にバロック様式に改修されています。ファサードのドクロの彫刻が印象的。

さらに東に進むとS. Paolo Maggiore教会が左手にあります。起源は8世紀、ローマ時代の神殿の上に造られました。その後度々改修され、今の姿は16世紀後半にテアチノ会修道士のために改築されたものです。

 次はGirolamini教会。建築群は16世紀に古代ギリシャ・ローマ時代からある「インスラ」(庶民の住宅地区)にサン・フィリッポ・ネリの名で完成しました。

 Duomoにはナポリ の守護聖人サン・ジェンナーロを祀る大聖堂。毎年5月の第一土曜、9月19日、12月16日に「サンジェンナーロの血液が液体化する(普段は固まっている)」奇跡(ミラコロ)が起きることで知られています。この建物は、12世紀末にアンジュー家のカルロ2世の意志で、初期キリスト教の古い2つの教会を取り込むように建設されました。その一つ、サンタ・レスティトゥータ教会はDuomoの中に同名の礼拝堂として存在しています。Duomoは1680年に改修され、ファザードは1349年の地震後に1407年に改修、1877年から1905年に行われた改修工事によって、擬ゴシック様式になりました。内部はギリシャ十字設計、1621年にできた天井は木製で、金箔がほどこされており、3つの身廊は柱によってわけられ、110の古い御影石造りの円柱があります。右の身廊には、17世紀初頭、ペストの終焉を願うため建設されたCappella del Tesoro di S. Gennaro(テゾーロ・ディ・サン・ジェンナーロ礼拝堂)があります。内部にはサン・ジェンナーロをはじめとするナポリの諸聖人の上半身彫像が並びます。サン・ジェナーロの血液が保存されているガラスの小瓶は、鉄格子のはまった隣の部屋の奥に収められているそうです。

 サン・ジュセッペ・デイ・ルッフィのキオストロ(Piazzetta San Giuseppe dei Ruffi)は17世紀様式で、1604年に修道女になった4人の貴族女性の希望で造られました。この建築群にレジーナ・チェリ修道院が併合された1669年の工事により、各側面に5つのアーチがかかっている四角形構造のキオストロが完成しました。

 ここから普通っぽい通り、Via dell’Anticaglia、Via Pisanelli、Via d. Sapienzaと西へと向かいます。ここは人影が少なくて、暗くなったらあまり通りたくない雰囲気でした。そうこうしているうちにホテルのある賑やかなVia S. Maria di Constantinopoliに出ました。

 夕食はVia dei TribunaliにあるSorbilloという有名なPizzeria。8時に開店なのでその直後に行ってみたら、お店の前には順番待ちの人達が無秩序に散らばっています。これは、いったいどうすればいいんだ?妻がすぐ後ろに立っていたイタリア人ご夫婦(と思われる)二人連れに話しかけてみました。ご主人は若干イタリア語訛りですが流暢な英語で、“予約すればいいんだよ”、我々:“予約してない”、ご主人:“お店の中で名前と人数を言えばいいんだよ。順番が来たら呼んでくれるから”、“予約するなら、中まで一緒について行ってあげるよ”、ととても親切です。そんな会話の後、ご主人と一緒に人でごった返すお店に入り、何やらノートに書き込んでいる女性の所まで行き、順番待ちの予約をします。

 “Kaneko、Due Personi”
“え?なに?”
 “Giappone, Dueでいいじゃないか、分かりやすくて”

ということで“日本、2名”で無事予約ができました。お店の外で待っているとスピーカーで名前と人数を呼ばれるというシステムです。このご主人、話しているうちに北京オリンピックの全日本ボートチームで強化コーチだったことが判明。今も時々日大などに教えに出かけているとのこと。ナポリ生まれだそうで、なるほどこのお店にも詳しいわけです。ご主人はナポリの地下ツアーはお薦めだよと教えてくれました。彼らが先に呼ばれて店内へ。少し後で“Giappone, Due”と呼ばれ我々も中へ。ご夫婦は隣のテーブルが空いているからと、お店の人に断ってそこに席を取ってくれました。彼らと同じように缶ビールを注文して4人で乾杯!メニューを眺め、マルゲリータとキノコとハムのピッツァを注文します。若い店員は忙しそうに走り回りながらテキパキと仕事を進めてゆきます。“この店の奴らは親切だよ!”とご主人。やがて巨大なピッツァが運ばれて来ます。確かに巨大なのですが、生地もトマトソースも具もあっさりとしていて、余計な味がしないので思いの外たくさん食べられます。二人で2枚すっかり平らげました。先に食べ終えて店を出るご夫婦にもう一度お礼を言って握手をしてお別れしました。楽しくて美味しい、思い出に残る夕食になりました。今夜の食事代は何と!18.26ユーロ!

Pizzeria “Gino Sorbillo”
Via dei Tribunali 32, Napoli


Hotelの部屋


Hotelのエントランス


Hotel入口はこんな感じの中庭に面している


S. Paolo Maggiore教会


Via dei Tribunali


Girolamini教会


Duomo


Piazzetta San Giuseppe dei Ruffi


Via dell’Anticaglia


Pizzeria “Gino Sorbillo”


Pizzeria “Gino Sorbillo”店内


夜のVia dei Tribunali

Museo Archelogoco Nazionale

Museo Archelogoco Nazionale

Museo Archelogoco Nazionale

<絵葉書>

<絵葉書>

<絵葉書>

<絵葉書>