LYON
リヨン
<旅のメモ>

2016.4.30

 朝9時半頃にパリの8区の仮住まいから小雨が降る中を車で出発。セーヌ右岸からパリ市内中心を南に縦断し、高速道路A6にのってBauneを目指します

 Lyonに入る前に約20年前に言っことのある郊外の16世紀のお城Lacroix Lavalへと立ち寄ることにしていました。超レアで超高価なビスクドールが山ほど陳列されていたので是非もう一度見てみたいと。でも、なんとかお城は見つけたのですがビスクドールの展示は2007年をもって終了していました。

 気を取り直してLyonの旧市街へと向かいます。午後4時前にSaune川右岸の駐車場に車を停めて旧市街へと入ります。最初のホテルは民泊に近い感じ。所定の場所で電話をすると管理者がやってきます。そこから宿泊部屋のある建物まで案内してくれて、部屋で料金を払います。あとは好きなようにキッチン、リビング、ベッドルーム、バスルームが使えます。もちろん食器、調味料、紅茶、アイロンなどなど、生活用品がすべて整っています。結構広い部屋です。

Mon Hotel Particulier
3 Place du Change, 5th arr., Lyon, 69005
+33-6-5927-0915
Euro119.00/nuit (no TAX, no BF)

 リヨンは紀元前43年に、ローマの植民市ルグドゥヌムとして建設され、2世紀には皇帝属州ガリア・ルグドゥネンシスの中心都市としてさかえた。カロリング朝のもとに司教座がおかれ、後の何世紀もの間、大司教に支配され続けた。1245年に第1リヨン公会議、1274年には第2リヨン公会議がひらかれた。14世紀初めフランス王国に併合され、このころから絹織物の交易の一大中心地として発展した。フランス革命が始まると、反革命派が反乱を起こし、それを鎮圧した共和国軍がリヨンの大虐殺を引き起こした。工業化がはじまった19世紀前半にヨーロッパ最大の絹織物・繊維工業都市となった。第二次世界大戦中は、ドイツ軍に対するレジスタンス運動の拠点のひとつだった。戦後は北アフリカの旧フランス植民地から多くの移民をむかえた。現在のリヨンの人口は約50万人、近郊を含めると約170万人とフランス第二の都市となっている。

 小雨が止んだので旧市街を散歩して17世紀のPalais de Justice Historique de Lyon、Cathedrale Saint-Jean-Baptiste(初期キリスト教洗礼堂の跡に1192年に建設された大聖堂で1310年にファサードのアーチを飾るメダイヨンが追加)、Eglise Saint Georges(550年建設したが、732年頃にサラセン人の襲撃で崩壊し805年に再建。色々な用途に使われながら現在の姿になったのは1845年)などを見ながら旧市街に外れにあるMusee Automatesまで行ってみたのですが、建物入口にStar Warsの人形など飾られていたので、お金を払ってまで見る必要なしとしました。ホテル方向に戻ってMusees Gadagneで郷土史を見ました。

 Lyonの旧市街はSaune川から一本奥に入って川に平行した通りRue Saint JeanとPlace de Changeが最も賑やかで観光客で溢れています。今回のホテルの管理人曰く、“Rue Saint JeanとPlace de Changeのレストランはツーリスティックであまり良くない。Rue du Boeufにはいい店がある。”。言われたとおりRue du Boeuf沿いにあった田舎食堂風の素朴な地元料理レストランを見つけました。

Le Bistrot de St Jean
3 Place du Petit College, 69005 Lyon
04 78 37 15 81

 前菜に自家製のパテ、Salad Lyoneseは野菜の上に目玉焼きとLardo(豚の背脂の塩漬け又は燻製)がのっている。ワインはカラフの赤ワイン。メインはこれまたLyon名物のQuenelle(肉・魚などをすりつぶし、卵・パン粉・調味料などを加えて球状や円筒形に形づくり、ゆでたり蒸したりしたもの)、それとBavette(ハラミのステーキ)。Lyon三昧で美味しかった。スタッフも素朴で気さくな感じで居心地の良いお店でした。

2016.5.1

 小雨降る中、ホテルの裏から徒歩で階段を上ってLa Basilique Notre Dame de Fourviereへと向かいます。途中、24 Mont?e Saint-Barth?l?myにLyon La Salleの施設がありました。丘の上まで登ると、真っ白いフルヴィエール寺院(NOTRE-DAME-DE -FOURVIERE)っがります。丘の上から見たLyonの全景はとても端正できれいです。

 その奥にあるMusee Gallo-RomainとTheatre et Odeon Antiquesはお休みでした。ここには1528年に発見された”クラウディウス皇帝の青銅板”があり、48年にクラウディウス帝が元老院で行った演説が読めるらしい。 

 駐車場から車を出して寄り道して1604年にアンリ四世によって計画されたPlace Bellecour(ベルクール広場)の前を通ってA7にのり、右手にビルバオのグッゲンハイム美術館みたいなMusee des Confluencesに見ながら次の目的地Oragneへと向かいます。


Lyon郊外の城Lacroix Laval


Lyonの旧市街


Musees Gadagne


Cathedrale Saint-Jean-Baptiste


Eglise Saint Georges

Palais de Justice Historique de Lyon


Mon Hotel Particulierの居間とキッチン、いわゆる民泊です


Le Bistrot de St Jean

Salada Lyonaise

自家製パテ

Lyon名物のQuenelle

Bavette(ハラミのステーキ)

丘へ向かう階段に愉快なペンギン

リヨンの町が見えます

NOTRE-DAME-DE -FOURVIEREのファサード

NOTRE-DAME-DE -FOURVIEREのてっぺんの像

NOTRE-DAME-DE -FOURVIEREのてっぺんの像

Theatre et Odeon Antiques

ギニョル屋さん