GIEN
ジアン
<旅のメモ>

2016.5.14

 ParisからSaint-Benoite-sur LoireからLoire沿いに走って行ったのがGien。人口約15000人。先史時代、ケルト系のCarnutes族とガリア系のハエドゥイ族が定住していた。古名のGiemusが、のちにジアン=ル=ヴュー(Gien-le-Vieux)と呼ばれるようになった。中世初期には、当時隆盛を誇っていた先ほどのベネディクト会派のフルーリー修道院の所領となった。1462年、ブルボン公ピエール2世(フランス王女アンヌ・ド・ボージューの夫)がジアン領主となった。アンヌは1483年から1491年まで実弟シャルル8世の摂政を務めて栄華を極め、ジアンの居城をルネサンス様式に改修した。ユグノー戦争の最中には、ジアンはユグノーの牙城の一つであった。フロンドの乱の時には、幼いルイ14世と王母アンヌ・ドートリッシュがジアン城へ一時避難していた。1821年、イギリス人実業家トマス・エドム・フルムが、ジアンに製陶工場を開業。これがジアン焼(Faiencerie de Gien)の発祥となった。

 Loireに架かる優雅なLe pont de Gienは1246年の13アーチの石橋。現在の橋は1733年に洪水後のに再建されたもの。

 L'?glise Sainte Jeanne d'Arcは15世紀の建造だが、鐘楼を残してその他は1940年の爆撃で破壊され、ロマネスク様式で再建された。その横のLe ch?teau d'Anne de Beaujeuは15世紀の由緒ある建物。


Loireの対岸から見たGienの町並み

Gienの丘からLoireを望む

L'Eglise Sainte Jeanne d'Arc