TEMPIO DI ANTAS
アンタス神殿
<旅のメモ>

2016.8.12

 Cagliariから北西へ75kmのTempio di Antasへと行ってみました。カルタゴ人、ローマ人が増築していった神殿がかなり残っている。その横にはそれより古いTombeが3つ。なぜこんな山間に先住民族、カルタゴ人、ローマ人が入ってきたのだろうか。考えてみると、Nuragheは山間に散在している。なぜだろう。争いを避けたのか?時には争った後もあるらしいし、増えすぎたために争いが起きたのか?場所によっては子供を生け贄にする風習もあったらしいので、生きてゆくための食物生産量に限界があったのだろうか。食料生産の悪いときの人減らしだろうか。メキシコのチチェンイツァーでも同じ風習があった。今のSardegna人も控えめで争い嫌う感じがある。一方でスペインの影響も多い。例えば地名とかにIgresiasなどスペイン風の名前が多い。人の名前も。それに加えてSardegna独自のFadda、xxxxddu、xxxxccu、xxxx nedu、などなど。またXも多用する。

 途中、山道を走っていると街道沿いに一軒のカフェがあり、そこに黒人が大勢たむろしていた。その後、道路沿いにガードレールの上に座っている黒人の塊、しばらく行くとイン・パキ系が大勢。スマートフォンを持っている奴もいる。あまり危なそうではない感じだが、不気味。オリーブ収穫の季節労働で、人材集めのトラックを待っているかとも思った。林の奥には大きな建物が見えた。後で調べたら、移民(難民)を海岸線から山間に移動させたとの記事があった。政府支援の大きな観光ホテルがあり、6月頃にそこに130人を移したと。親子連れの姿も見えた。

 Saint'Antiocoへ向かう途中Igresia、Carboniaを通過したが、このあたりは近代に石炭採掘地として栄えたらしい。


Tempio di Antas入口


Tempio di Antas

Tempio di Antas

Tempio di Antas

Tempio di Antas

付近のNuraghe跡