SIBARI
シバリ

<旅のメモ>

2017.05.03

 朝食を食べてLongobardi Marinaのホテルを出てSibariへと向かいます。Sibariの市内へは寄らずに真っ直Museo archeologico nazionale della Sibaritideへと向かいます。途中、トラックくらいしか通らない付近に何もな交差点で四つ角に物乞いのおじさん達がうろついていました。ちょっと頭のいかれた年配者もいるようです。ここも経済状態が良くないようです。

 紀元前510年に同じくギリシャが植民した町Kroton(今はCrotone)の住民に破壊されました。ここにもアンフォラの地域や年代の違いが分かりやすく説明されていました。


Museo archeologico nazionale della Sibaritide

色々な様式のアンフォラ

ローマ時代の彫刻

 次はParco Archeologico di Sibariと向かいます。案内表示はなく、突如モダンな公園事務所が建っています。午後1時頃、管理人はちょうど車に乗ってどこかへ行こうとしていたところでしたが、我々が来たので所定の場所へ。そして考古学発掘現場を案内してくれます。片言でもイタリア語で語りかけると管理人さんも少し安心して案内をしてくれました。ここには青銅器時代や鉄器時代の遺構、ギリシャ人都市の遺構、その上に紀元前3世紀頃にローマ人が築いた都市の遺構が残っています。


Parco Archeologico di Sibari管理事務所

全景

港に向かう道

神殿跡

Terme跡

ローマ遺跡の下にギリシャ遺跡

 考古学公園を出て目の前のStrada Statale 106 radd JonicaをCrotoneに向けて走ります。建物もないにもない殺伐とした風景で、トラックの多い一般道路です。普段着の黒人少女らが所々にいたのはおそらく娼婦でしょう。普通っぽ黒人娘が娼婦に立つところは相当に貧しい地区だと思います。他の町の郊外でも黒人男性がたむろしている見かけましたが、彼らは日雇いの農作業を待っていたのではないかと思います。イタリアにも多くのアフリカ移民が流入しているようですが、それなりに低賃金の労働力として機能している部分もあるようです。