HELSINKI
ヘルシンキ

<旅のメモ>

2017.08.16

 Helsinkiへの出張があり、かつ予算削減で割安の航空券を取ったので水曜日出発の土曜日戻りのフライトになった。よってプライヴェートで一日追加して日曜日までHelsinkiに滞在した。

 行きのフライトはCDGから出発してAmsterdamで乗り換え。元々1時間5分しか乗り換え時間がないところで、約50分の遅延でAmsterdamに付いたときはGate Closeの時間を過ぎていた。表示板には”Gate is Closing”と出ていたのでオヤっと思ってゲートに行ったら最後の2人で乗れた。

 Helsinkiには概ね予定通り17:30頃に到着したが、案の定、預けた荷物は間に合わなかったらしい。Baggage Claimでロストを報告してホテルに届けて貰うようお願いし、タクシーでホテルへ。市内中心部はちょっと渋滞していたけれど約30分で到着。

 見た感じ結構立派なホテルで、外観とは異なるモダンな設備も清潔で部屋も結構広いが、部屋数は非常に多くて基本的に非常に簡素な作り。でも物価が高いので価格は高い。

GLO Hotel Art
Lonnrotinkatu 29, 00180 Helsinki, Finlande
glohotels.fi
+358 10 3444100
EUR701/4nights (incl. TAX) BF : EUR10 for Two

 夕食は一緒に来ていた仲間を誘ってご馳走した。レストランは彼が選んでくれたモダンでお洒落なフィンランド料理レストランだった。昨夜と同じようにメニュー(セット)では皿数で選ぶ。4皿を選んで4杯のペアリングワインを付けると一人EUR100位になる。

Juuri
Korkeavuorenkatu 27, 00101 Helsinki, Finlande
juuri.fi
+358 9 635732

 食後ホテルに戻ったが、未だ荷物は着いていなかった。

2017.08.17

 今日は午前中に顧客との打合を終えて午後からフリー。といってもちょっと仕事があるのでそれを終えてから夕方に少しだけ散歩。

 ホテルの前のLonnrotinkatu(“katu”は”通り”の意味)を東の中心街へと向かいます。路上はゴミなど無くとても清潔です。5分ほど歩くとParc Lonnrotinpuistikkoという公園が左手にARI、Kalevalaの像がありました。Kalevala(”英雄の地”の意味)とは、19世紀に医師エリアス・リョンロート(Elias Lonnrot)によって民間説話からまとめられたフィンランドの民族叙事詩。フィンランド語の文学のうち最も重要なもののうちの一つで、フィンランドを最終的に1917年のロシア帝国からの独立に導くのに多大な刺激を与えたとされている。

 本日も荷物が着かないと困るのでデパートStockmann Helsingin keskustaで下着を購入。地下の食品売り場では解禁になったザリガニ料理のコーナーが出来ていた。


Parc LonnrotinpuistikkoのKarewara像

Stockmann Helsingin keskusta

ザリガニの季節

魚の燻製が豪快


Kolme seppaa/Three Smiths Statue

2017.08.18

 ホテルの部屋の温度が20℃前後で、コントローラーを調節しても室温が上がらないので部屋を替えて貰ってから散歩。晴れたり曇ったりの一日です。気温は朝15℃、昼間18-20℃くらいですが、比較的暖かく感じます。

 Helsinkiの人口は約60万人。都市部周辺を合わせると約120万人、「大ヘルシンキ」と称するエリアの人口は約140万人とかなりの規模です。

 Helsinkiは1550年に交易の街Helsingforsとして、ライバルとなるReval(今日のエストニアの首都タリン)に対抗するために創建された。しかし、貧困、戦争、災害に見舞われ都市の計画は少しも進まなかった。1710年のペストでは住民の多くが亡くなった。海軍の要塞であるスオメンリンナの要塞が築かれた18世紀になるとヘルシンキの状況も改善されたが、ロシアがスウェーデンを破った第二次ロシア・スウェーデン戦争と併合によるフィンランド大公国が成立する1809年まで十分な都市の開発は行われなかった。戦争中、ロシアはスオメンリンナの要塞を包囲した。そして、1808年の大火により市街の大部分は焼失している。

 アレクサンドル1世はフィンランドでのスウェーデンの影響を減らすことやサンクトペテルブルクに近いことから首都をHelsinkiに移した。続いて1827年に起こったトゥルク大火(英語版)で当時フィンランドでは唯一の大学であったトゥルク帝国アカデミー(英語版)はヘルシンキに移転され、最終的には現代のヘルシンキ大学になった。

 フィンランドの20世紀前半の歴史は混乱し続けたが、Helsinkiでは継続的な発展が続いた。ヘルシンキのランドマークとなる出来事は第15回大会となるヘルシンキオリンピックが1952年に開催された。1970年代にはフィンランドでの急速な都市化が他のヨーロッパの地域と比べ比較的遅く起こり、都市圏の人口は3倍になり地下鉄網などが整備されている。

 今日は先ずHelsingin paarautatieasema(ヘルシンキ中央駅)へと歩いてみます。そこからHelsingin tuomiokirkko(ヘルシンキ大聖堂)へと。東欧式の装飾の少ない大聖堂です。内部も彫刻は少なく、絵画が多いようです。 大聖堂の南側はSenaatintori(ヘルシンキ元老院広場)です。


Helsingin tuomiokirkko/Cathedrale lutherienne d'Helsinki

Helsingin tuomiokirkko内部

Senaatintori/Place du Senat

Kauppatori/Place du Marche d'Helsinki

Kauppatori/Place du Marche d'Helsinki

 そこからKauppatori(Place du Marche d'Helsinki)を通って、Uspenskin katedraali(生神女就寝大聖堂)へと行ってみました。赤煉瓦で出来たロシア風の教会です。岩盤の上に出来ているのがよく分かります。


Uspenskin katedraali/Cathedrale Ouspenski

Uspenskin katedraali/Cathedrale Ouspenski

ハーバーの様子

Esplanadi

Helsingin paarautatieasema(駅)

 Helsingin paarautatieasema(ヘルシンキ中央駅)戻って公共交通の24時間パスを購入し、トラム6番でArabian museoへと向かいました。同じトラムに日本人の団体がいました。ヘルシンキでは日本人観光客の比率がパリよりも圧倒的に高いようです。あちこちに日本人を見かけます。


Iiitala & Arabia Design Centre

Arabian museo

 Arabian museoを見て、Iiitala & Arabia Design Centreに立ち寄って同じトラムを使って途中で3番に乗り換えてEsplanadiより南にあるDesignmuseo(デザイン美術館)へと行ってみました。やはりデザインの国ですね。

 帰りはJohanneksenkirkko(聖ヨハネ教会)の横を歩いてホテルに戻りました。


Designmuseo

Designmuseo

Designmuseo

Designmuseo

Designmuseo

 夕食は再度伝統的なラップ料理を選んだのですが、これがハズレでした。余りに料理の量が少なく、かつ値段がかなり高い。炭酸水がEUR10もするのには驚いた。

Lappish Restaurant Saaga
Bulevardi 34, 00120 Helsinki, Finlande
ravintolasaaga.fi
+358 9 74255544

 ホテルに戻ったらようやく荷物が届いていた。

2017.08.19

 朝から雨が降ったり止んだりの天気です。それとトラムがあまり動いていない感じ。信号も消灯していたりする。週末の交通量は少ないようです。

 トラムで行く予定だったTemppeliaukion kirkko(テンペリアウキオ教会)へは徒歩で行きましたが、15分程度でした。岩盤に作られたルーテル派の教会で素敵なデザインです。でも韓国や中国の団体客が多く、「静かに」のアナウンスも直後は効き目があるが、すぐに喧噪に包まれる。ちょっと興ざめですが、建物、空間デザインはさすがです。


Temppeliaukion kirkko

Temppeliaukion kirkko

<絵葉書>

 歩いてLuonnontieteellinen museo(ヘルシンキ自然史博物館)の前を通り、Helsingin paarautatieasema(ヘルシンキ中央駅) を通ってKauppatori(Place du Marche d'Helsinki)へ出ます。


Luonnontieteellinen museo/Musee zoologique de Finlande

Luonnontieteellinen museo/Musee zoologique de Finlande

Mannerheimintie

ここの波止場から小型のフェリーに乗ってSuomenlinna(スオメンリンナ島)へと向かいます。約10分ほどで島に着きます。

 先ずはPikku-Musta島へ。次にIso Mustasaariに渡ってSuomenlinnan kirkko(スオメンリンア教会)の前を通ってSusisaari島へ。そこでSukellusvene Vesikko(第二次大戦の潜水艦)のある場所まで行って引き返しました。岩盤で出来た島全体が要塞となっており、現在でも軍隊が管轄しているようです。


KauppatoriからSuomenlinnaへ向かいます

小さな島に立派な建物

Suomenlinna/Pikku-Musta

Suomenlinnan kirkko

Susisaariへ渡ります



Sukellusvene Vesikko/Submarine Vesikko

SkyWheel Helsinki

閑静な町並み

 夕食は昨日の失敗を勘案して普通っぽいフィンランド料理の店を選んだ。ホテルから更に西側であまりツーリスティックではないエリアに老舗のレストランがありました。これが大正解。特に鰊のフライは香草スパイスがきいて最高でした。野崎ニューコンビーフのような味のするヘラジカ・フレークとベリーの組み合わせ、くどくないマッシュポテトなど、普通っぽくて美味しかった。

Restaurant Salve
Hietalahdenranta 5 C, 00180 Helsinki, Finlande
raflaamo.fi
+358 10 7664280


豪華な通りPohjoisesplanadi

Stockmann Helsingin keskusta

Restaurant Salve

サーモンシチュー(クリームとクリア)

鰊の唐揚げ(焼き)

トナカイの肉とベリー

2017.08.20

 朝10時前にホテルを出てタクシーで空港へ。空港で頼むとEUR39の固定レートだった。空港は機能的で綺麗なのだが、出発ロビーは座るところがほとんど無い。商業施設ばかりで、座るにも何か飲食物を買わざるを得ない雰囲気にしている。フィンランド人のしたたかさが垣間見えます。

 パリCDGのゲートに付いたのは14:30頃で荷物を受け取ってタクシーに乗って家に着いたのは15:30頃。パリはまだヴァカンス中で道路は空いています。