CHTAEU DE MONTSEGUR
モンセジュール城

<旅のメモ>

2017.09.02

 Abbaye Saint-Martin du CanigouのあるCasteilからN116を西に向かい、Mont-Louisを超えてD118を北に上がり、北東へと向かうと南からD17が合流してくるのですがその北側の道路が圧巻。Gorges de Saint Georgesと呼ばれる渓谷ですが、左右に曲がりくねる道路の上にも岩が張り出しまるでトンネルを抜けているようです。道路が狭いので時間差の片側通行です。こんな道路は走ったことが無かった。

 Gorges de Saint Georgesを北に抜けるとAxatという山村に出ます。ここではプールとかラフティングで楽しめるようです。

 そこから先は比較的穏やかな道を通ってChateau de Montsegurへと向かいます。

 13世紀初頭にカタリ派(Cathares)はここに要塞を築き、40年後には400名の信者や兵士らがすんでいた。1242年3月28日、要塞から降りた信者らがAvignonetの異端審問所の審問官らを虐殺した。Croisade des Albigeois(アルビジョワ十字軍)の総指揮者シモンドモンフォールはキリスト教徒異端のCatharesを撲滅する為、彼らを追い詰め、1244年3月2日に籠城軍は敗北。2週間の休戦後も信者ら207名は改宗に応じなかった。3月16日、山から下ろされた信者らは山積みの薪の上で火刑に書された。

 当時のMontsegurには城は無く、Catharesの人々が住んでいた住居が山頂付近にありましたが、その惨事のあと、シモンドモンフォールによって民家は埋められ、城が建設されたそうです。ゆえにこの城自体はCatharesのものではないのです。


Axat

てっぺんが
Chateau de Montsegur

Chateau de Montsegur