CHATEAU DE PEYREPERTUSE
ペイルペルテューズ城

<旅のメモ>

2017.08.31

 今回の旅はキリスト教Cathares(カタリ派)の歴史とロマネスク建築を訪ねる旅です。Catharesという名前は「清浄なもの」を意味するギリシア語の「カタロス」に由来していいて、1181年にケルンで記されたシェーナウのエックベルトの「このころドイツにカタロスがあらわれた」という記述が最初です。

 CatharesはAlbigeois(アルビジョア派)と呼ばれることもあります。反聖職者の民衆信仰として南フランスを中心に広がっていたCatharesは、グノーシス的な二元論による現世を悪とする思想などもあって1179年第3回ラテラン公会議で禁止されます。布教禁止によって多数のCathares信者を抱える南仏領主達とも政治的に対立するようになり、1209年教皇の呼びかけでCroisade des Albigeois(アルビジョワ十字軍)が結成されました。

 Perpignan空港からTautavelに立ち寄って、最初に着いたのはChateau de Pyrepertuse。Chateau de Queribus等と共に「カルカソンヌの五人の息子」とか「天空のカルカッソンヌ」と呼ばれる難攻不落の城の一つ。高度800mの石灰岩盤の上に、1162年にまず東側の低い方のChateau Bas(封建時代の城)が築城されました。1240年にはフランス国王の名代カルカッソンヌの代官に降伏。落城した後はスペインとの国境警備のために再築され利用されていました。西側の高い方の城塞がChateau St-George。貯水槽と礼拝堂の跡が残っている。大砲の発達と1659年のピレネー条約をもってこの城塞の重要性が失われました。

 城壁のちょっと下の駐車場に車を停めて5分程度上ると大きな城塞の遺構にたどり着きます。結構風が強くて、雨が降り出しそうな天気でした。


遠くにChateau de Queribusが見えます

麓のFontaine de Duilhacが見えます

Chateau de Pyrepertuseの駐車場付近

この辺が入口

かなり破壊されている

この先には行かなかった