LISBON
リスボン
<旅のメモ>

2003.9.27

 朝9時45分に北京を出発するAFで、14時20分にParisに到着。すかさず15時45分にはリスボン(LISBOA)行きのAFに乗り換え、17時20分にリスボン到着です。外はまだ明るい。
 初めてのポルトガルに降り立つ。空港ビル内は何となくのどかで親しみやすい感じで、大国の首都空港の偉そうで緊張した雰囲気とはちょっと違います。
 空港からはタクシーを拾い、ポンバル侯爵広場に近いホテル・ディプロマティコへと向います。運転がヨーロッパ一荒いと聞いていたが、それほどでもありません。市内でのスピードと発進加速が速いくらいで、スペイン、フランス、イタリアの運転と大差はない感じですね。運転手は愛想は良くないけれど親切そうなおじさん。約15分でホテルに到着。空港と中心街がこんなに近い首都空港も珍しいのでは? 
 リスボンでこのホテルを予約したのは、後日借りるHertzレンタカー屋が近く(実はお隣)だったから、それと壇一雄の本に出てきたからです。
ホテルのフロントの男性は物静かで一見素っ気ない感じではありましたが、実はとても親切な人であることが後で分かりました。この人の印象が、後日のポルトガル人の印象へとつながって行くのでした。

 チェックインを済ませると18時半頃です。辺りは未だ明るいのでおとなしく休んでいられません。こういうのを貧乏性というのでしょうね。が、そんなことにはお構いなしです。こんな貧乏性につき合ってくれる妻の忍耐にはいつも感謝しています。

 ”まずは夕食でも”と思ってホテルの外に出てみましたが、ポンバル侯爵広場付近は週末のオフィス街という感じで閑散としています。ホテルやブティックは幾つかありますが、レストランはほとんど見あたりません。暗い感じではないのですが、人影が少ないので何となく寂しい雰囲気です。繁華街を求めてポンバル広場(PRACA MARQUES DE POMBAL VII)からリベルダーデ通り(AVENIDA DA LIBERDADE)を下ってみました。約10分ほどでレスタウラドーレス広場(PRACA DES RESTAURADORES)に出ました。この辺りは観光客相手のレストランがひしめいています。シーフード・レストランが多いようです。だいたいこういうところの一見客相手のレストランは期待できないので、敢えてシーフードや郷土料理を冠する店を外して、当たり障りのないイタリアン・レストランで軽く食べたのですが、やっぱり味は”バツ”。本当はじっくり探せば良い店もあるのでしょうが、今夜はちょっと疲れぎみだったので手っ取り早く食べて、地下鉄を使ってホテルに戻りました。清潔で、治安も悪くなさそうな地下鉄です。

Hotel Diplomaco (★★★★)
Rua Castilho, 74 Lisbon 1250
Tel : +351-21-386-9020/ Fax : 21-386-215597
EURO80 (BF&TAX incl.) by HotelBook.com

2003.9.28

 今日もリベルダーデ通りを歩いて下ります。レスタウラドーレス広場を過ぎて、入口のやけに立派なロッシオ駅(ESTACAO DO ROSSIO)を通り過ぎてロッシオ(ドン・ペドロ4世)広場(PARCA DPM PEDRO IV)に出ます。さらにその東側にあるフィゲイラ広場(PARCA DA FIGUEIRA)へと向かいました。目的は交通パス(路面電車・バス・地下鉄の一日券)を買うためです。昨日、レスタウラドーレス広場のツーリスト・インフォーメーションにてリスボン・カード(交通、美術館のパス)の買い方を聞いたのですが、オフィスの人は”明日は日曜だから、どうせ美術館、博物館は入場無料よ! 交通パスだけにしたら!”と言ってフィゲイラ広場のチケット売場を教えてくれたのでした。

 交通パスを手に入れて早速、バイシャ地区(BAIXA)南側にあるアルファマ地区(ALFAMA)行きの路面電車28番線の乗り場へと向かったのですが、なんと乗り場は観光客の大行列。100mはあろうかという感じです。電車は10分おきくらいにしか来ないようなので、ほとぼりが冷めるまでと思いつつ、取りあえずそこを行き過ぎてテージョ河(RIO TEJO)岸のコメルシオ広場(PARCA DO COMERCIO)にでも行ってみることにしました。ブランド店が並ぶ立派なアウグスタ通り(RUA AUGUSTA)を南に向かいましたが、日曜日でほとんど閉店しており、道行く人もまばらです。たまにいるのは物売りと麻薬の売人くらい。黒いビニール袋を持って、近づくと袋の中を見せながら”シガー?”と声をかけて来ます。”いらない!”と答えると、さらに”何でだ?”という質問が戻って来る場合もありますので、こういう輩はやはり無視するのが一番のようです。

 コメルシオ広場はちょっと閑散としていて面白みに欠けるので、すぐに28番線乗り場に戻りましたが、待ち行列は更に長さを増しています。地図を見るとアルファマ地区へは歩いても行けそうなので歩くことにしました。若干の登り坂ではありますが、脚に自信がない人でなければ路面電車を待って乗るほどのことはないと思われます。10分程度で最初の見所、セ大聖堂(SE PATRIARCAL)にたどり着きました。1147年にキリスト教がイスラムをリスボンから排除した後に最初に建てたたキリスト教寺院だそうです。内部に入ってみましたが、日曜の朝なのでちょうどミサの最中。ポルトガル人は敬虔なカトリックが多いと聞いていたので、邪魔しないようにと後ろからそっと見学させて貰いました。
 さらに坂を上って行くとサンタ・ルジア展望台(MIRADOURO DE SANTA LUZIA)に出ます。サンタ・ルジア教会の裏庭の延長みたいな場所で、大きなアズレージョがある小さな公園からテージョ河方面が見渡せますが、それほど眺めがよいわけではありません。むしろ、教会の向こう側にあるポルタス・ド・ソル広場(LARGO DAS PORTAS DO SOL)からのアルファマ地区の全景が美しいと感じました。
 
ここからサン・ヴィンセンテ・デ・フォーラ教会(IGREJA DE SAO VINCENTA)に向かうべく地図を広げていると、通りがかりのおじさんが声をかけて来ました。”どこに行きたいんだ?”ってなこと言ってるようです。仏語や伊語と同じラテン語系なので、所々の単語が想像できる。あーだ、こーだとやりとりしたあげく、結局、教会への2種類の行き方を教わりました。ポルトガルって、こういう親切な人達がホント多いんです。徒歩10分程度でサン・ヴィンセンテ・デ・フォーラ教会の前に出ました。1627年と比較的新しく巨大な建物ですが、内部はあまり印象に残っていません。イタリアなんかに比べて建材の石に艶が無くて素朴な感じの内装が多いなっていうのが、ポルトガルの宗教建築全体への一般的な印象的でした。

 戻りは路面電車28番線を利用しました。途中、ポルタス・ド・ソル広場で下車してサン・ジョルジョ城(CASTELO DE SAO JORGE)に登ります。紀元前のローマ時代に築かれた高台の城塞は、以来、ゴート族、ムーア人などとの戦いの中でいつも重要な軍事拠点だったようです。確かに、ここからはリスボンの街並み、テージョ河が一望の下です。

 再び路面電車28番線に乗ってバイシャ地区に戻り、昼食を取りました。お店はガイドブックに”地元客で一杯になる”と紹介されていたお店です。店内ではなく、通りに出されている席について私は有名なバカリャウ(干ダラ)料理を、妻は鰯の炭焼き、それにビール、水をオーダーしました。やおらウェイターはパンの他に、バターとチーズの皿、オリーブの漬物の皿、生ハムの皿をテーブルの上にさりげなく置いて行きます。バター、チーズ、オリーヴくらいまでは付け合わせかと思えるけれど、生ハムはちょっとおかしい。なんか騙されているみたいで嫌な感じです。ウェイターを呼んで、”オーダーしてない!”と言ったらキョトンとしています。”パン以外はいらない!”と言うとようやくその他の皿を下げて行きます。(後日談:当初、ひどい店だと思ったのですが、その後、どこのレストランでもこの調子。とあるレストランのウェイターが”これはポルトガルの習慣。要らなければ言って下さい”とのことでした。)
 料理は干ダラを焼いたものにオリーヴオイルをたっぷりかけて、生の玉ねぎとトマト、黒オリーヴの漬物、茹でた馬鈴薯が付け合わせです。鰯の炭焼きも同じ様な付け合わせでした。素朴な塩味とオリーヴオイルの組合せはなかなかいけます。日本人には親しみやすい味です。ただ、食事中に花売りがテーブルに来るのは慣れているけど、物乞いまでがやって来るのには驚いきました。通りの反対側のレストランでは、ウェイターが物乞いの少女をひっぱたいて追い払ったりなんかしてました。バイシャ地区は物乞いが多いようですね。

Joao do Grao
Rua dos Correeiros, 220/8 Lisbon
Tel : +351-21-342-4757
-Sagres(ビール)、Agua Mineral com Gas(炭酸水)
 -Pao(パン)
 -Bacalhau Assado(干ダラ炭焼き)、Sardihas Assadas(鰯炭焼き)
 *合計EURO16.40(2名)

 食後はサンタ・ジュスタのエレベーター(ELEVADOR DE SANTA JUSTA)の辺りへ。登ろうかとも思ったけれど、現在はバイロ・アルト地区(BAIRRO ALTO)地区へは通じていないようなので止めにしました。その付近で高級ブランド店の並ぶカルモ通り(RUA DO CARMO)は日曜日かつ昼休みなのでどこも閉店中、人影も少なくてなんかちょっと暗い感じでした。ギャレット通り(RUA GARRETT)を登りバイロ・アルト地区の中心、シアード広場(LARGO DO CHIADO)からカモンエス広場(PRACA DE LUIS DE CAMOES)へ。やっぱり人影が少なくてうらぶれた感じになっています。ピカのケーブルカー(ELEVADOR DA PICA)の辺りをちょっとぶらついて、シアード(CHIADO)付近に戻ってサン・ロケ教会(IGREJA DE SAO ROQUE)へと抜けます。この裏にグロリアのケーブルカー(ELEVADOR DA GLORIA)があります。レスタウラードーレス広場まで歩いても降りられそうではありましたが、面白そうなのでケーブルカーに乗ってみました。時間間隔が長くて、遅くて、小さなガタゴトと走るケーブルカーは、とても現代の乗り物とは思えません。歩いた方が早いくらい。でも、この急な坂はお年寄りにはきついのでしょうね。ゆっくりとした時間の中で生きるお年寄りには、優しく有り難い乗り物なのだろうと思いました。

 地下鉄レスタウラドーレス駅から一日フリーの交通パスを使って地下鉄に乗ろうとしたのですが、自動改札にパスは通らないし、どうやって乗って良いのか分からなくて困っていたら、またまたおじさんが声をかけてきた。ちょっと顔つきは怪しそう。英語が話せるらしいので事情を伝えたが、彼もどうして良いか分からないようです。しかしたまたま空いている改札口があったので、彼曰く”そこから入れば良い!”と。パスは持っているんだしとにかく入ってみようと、我々が無人で開放状態のゲートを通過すると彼も切符も買わずについて来るではありませんか。”あんた達、どっから来た?”、”どこに泊まってる?”。何かちょっと怪しいので”中国から来た!宿はない。”と答えたら何となく興味なさそうな感じになり、ホームに着いたら”よい旅を!”と言い残し先の方へとさっさと歩いて行ってしまいました。後ろ姿を見ていると何とホームの先から階段を登って外へ出ていってしまいました。金持ち日本人だろうと何か企んでいたのではないかと思われます。最近は中国人の方が海外での金の使いっぷりも良く目立つのではないかと思うのですが・・・。ホテルに戻って親切なフロント係にお勧めのファド・レストランを予約してもらい、しばし部屋で休息。

 20時過ぎ、タクシーを呼んで貰いバイロ・アルト地区のファド・レストラン”O FAIA”へ。ここはかなり高級なレストランらしいので、アペリティフを頼みながら食事を選びました。もちろん、ポルト・ワイン。甘いデザート・ワイン、砂糖入りワインなんて揶揄する言葉も聞いていたのであまり期待はしていなかったのですが、我々の頂いたポルト・ワインは甘さは少なく、樽のオークの香りが深く、濃い黄色が印象的な本当に上品な味わいのアペリティフでした。私の大好きなフランス・アルザス地方のヴァン・ジョーヌ(黄色ワイン)を更に濃縮したような感じでした。ワインはアレンテージョ地方のヴィーニョ・ヴェルデ(VINO VERDE)。緑のワインと称するこのワインは若くてアルコール度の低い、さっぱりして飲みやすいワインでした。オードヴル、アントレを終えた頃、ファド歌手が登場。最初は小柄で痩せた年輩の男性。お役所勤めをしていそうな感じの人。ギタリストは2名。ポケットに手を突っ込みながらあっち向いたり、こっち向いたりしながら歌います。技量はまあ、そこそこって感じでしょうか。次いで体格の良いマダムが歌います。こちらは声に結構迫力があります。最後はO FAIAの看板マダム。ガイドブックでのファドの紹介に見かけるマダム。やはりそれなりに上手いと感じました。歌っている間は食事の手(口)を休めるので、歌と食事が終わったのは23時過ぎでした。同じ頃に入店した客はドンドンと帰って行き、もはや客数はグンと減っています。でも、その頃にやってくる客も1〜2組います。彼らは食事を始めようって雰囲気ではありません。我々は余韻に浸りながらウダウダしていたのですが、23時半頃、再び例の”助役”がやって来ました。歩く様子、立ち姿、アレ?ちょっと何か雰囲気違うなって思っていると、歌い始めた時の声が、迫力が、情感が先ほどとはまるで違うではありませんか。先ほどのマダム2名も奥のカウンターでアルコールを入れながら、ヴォルテージを上げているみたいです。もっと聞いていたかったのですが、明日の事もあるので”助役”の演奏に拍手をして帰りました。高級店ゆえ、ドアボーイに行く先を告げるとシャシャッとタクシーを手配してくれ、スムースにホテルへと戻れました。もし次にファド・レストランに行くなら、必ず最後まで聞いてみようと心に決めました。

O Faia
Rua da Barroca, 54-56, 1200 Lisboa
Tel : +351-21-342-6742
 -Vinho de Porto (アペリティフのポルト・ワイン)
 -Vinho Verde Planalto(緑ワイン)、Agua Mineral (硬水)
 -Pao(パン)、Azeitonas Oxidadas(オリーヴの漬物)、Escabeche de Sardenhas(鰯のマリネ)
 -Sopa Alentejana(アレンテージョ風スープ)、Queijo com Paio(生ハムと羊のチーズ、パン付き)
 -Salada Especial(特製サラダ)
 -Dourada Grelhada(干ダラ焼き)、Bife a Portguesa(ポルトガル風牛ステーキ)
 -Gelado Limao(レモンシャーベット)、Encaracada(甘い卵黄細切り)
 -Cafe
 *合計EURO130.45(2名)(贅沢し過ぎですね!)

2003.9.29

 ホテルでの朝食。昨日の朝も見かけた中国人が2〜3名がいました。静かな朝食の場で、大声で携帯電話を使っています。回りの旅行客は明らかな不快感を示しているのですが、一向に気にする様子はありません。同じ東洋人の我々も何となく居心地が悪くて参りました。話している内容と見ている資料から、大声で電話している人は旅行会社の現地係のようです。そういえば、20〜30年前までは、日本人も下着同然でホテルの廊下をウロウロするとか、バスルームを水浸しにするとか、酔っぱらって大騒ぎするとか、色々とマナーの悪さを言われた時期があったことを思い出しました。

 さて、今日はレンタカーを借りるのですが、ガイドブック以外の地図がないので、まずはバイシャ地区の本屋に出かけて道路地図を購入しました。10時にはホテルに戻って、ホテル隣のHertzレンタカーで車を借ります。現住所は中国、パスポートは日本人、運転免許証はフランス・・・、カウンターのお兄さんは明らかに疑いの視線を向けます。英語で話したかと思うと、急にフランス語に切り替えたりして、しきりにこちらの様子を伺います。が、クレジット・カードが受け付けられたので取りあえずOK。怪しげな顔をしたまま送り出してくれました。今回の車はメルセデス・ベンツA170。小さくて丸っこい車です。

 リスボンからまずはカスカイスの地獄の口やロカ岬を回り、その後ずっと数日かけてポルトガル中部を旅しました。一回りして10/5に再びリスボンへと戻りました。

2003.10.5

 エヴォラから小さな街を経由して夕方4時頃に再びホテル・ディプロマティコに戻って来ました。ホテル隣のHertzの目の前に無人のガソリンスタンドがあるので最後の給油をしようとしたのですが、プリペイドカードが無ければ給油出来ない事が分かりました。レンタカーのお兄さん聞いたら今日は空港近くの3軒しか空いていないとのこと。空港まで行くのは気が進みませんでしたが、今日は共和制樹立記念日で休日なので市内は空いていており走りやすくて助かりました。空港まで往復20分程度で戻れました。相変わらずフロントのお兄さんは疑いの目で見ていますが、車も戻り、カード支払いも済み、一安心という感じでした。

 夕食はポンバル侯爵広場の北側にある”O Cardo”。各国の国旗とお札が飾られており、”いかにも観光客相手”って感じはしたのですが、味、サービス、価格はまあまあ。そのあか抜けない感じが逆に良い雰囲気でした。最初は客はほとんどいなかったのですが、近くのホテルからと思われる観光客が次々と現れ、気がつくと店内は客で一杯になりました。長テーブルに相席するように隣りに座った老夫婦はワシントンD.C.から来たとか。現代美術館の仕事をしているとのことで、ポルトガル、中国、はたまた米国カリフォルニア州知事選挙のシュワルツネッガー氏、ブッシュ大統領等々、色々話が弾みました。

O Cardo
Av. Fontes Pereira de Melo 3-C Lisbon
Tel : +351-213-538-294
 -Vinho da Casa Blanco (白のハウスワイン)
 -Pao(パン)
 -Ischas a Portuguesa(ポルトガル風レバーステーキ)、Arroz de Mariscos(シーフードリゾット)
 -Salada Mista(ミックスサラダ)
 *合計EURO30.00(2名)

2003.10.6

 朝5時半にタクシーでホテルを出発。まだ真っ暗で車もいないので5時40分には空港に着いてしまいました。7時40分発のAFでパリCDGに11時過ぎに到着です。CDGでは新しくオープンしたターミナル2Eから北京行きのAFが15時55分に出発するのでそちらで時間を過ごしました。今までのターミナルよりの免税店の品揃えが良い感じでしたが、レストランがまだオープンしておらず、かつカフェには人が溢れ、昼食にありつけなかったのが残念です。
 帰りの便では隣はフランス人。話を聞いてみると北京駐在の同業他社の人でした。会話を楽しみ、中国映画を見て、ワイン飲んで寝たら、アッという間に北京到着です。

2003.10.7

 北京到着は朝7時半。中国は建国記念日で休みですが、溜まったメールもあるので真っ直ぐ休日出勤!元気なマネージャーでした。


レスタウラドーレス広場<lisbon-l01>


レスタウラドーレス広場東の<シーフード・レストラン街lisbon-l02>


フッフッフッ....何でしょね?<lisbon-l03>


ポンバル侯爵広場<lisbon-l04>


ロッシオ駅の入口<lisbon-l13>
ロッシオ広場<lisbon-l06>


ロッシオ広場の噴水<lisbon-l05>


テージョ河岸のコルメシオ広場<lisbon-l07>


路面電車28番線はいつも観光客で一杯<lisbon-l16>


アルファマ地区<lisbon-l14>


アルファマ地区のセ大聖堂<lisbon-l08>

アルファマを走る路面電車28番線<lisbon-l09>

路面電車の中<lisbon-l10>

サンタ・ジュスタのエレベータ<lisbon-l11>

城壁から望むバイシャ地区<lisbon-l15>

ケーブルカー・グロリア線<lisbon-l12>