紀元前2世紀以前 (先史時代からの文化)

 今から約2万年もの昔からプロヴァンスの住民は文化の痕跡を残しています。洞窟の壁画では仏ペリグー地方のラスコー(LASCAUX)が有名ですが、それより少し古い時代の洞窟壁画が最近になってマルセーユとカシスの間の岬の中の洞窟で発見されました。
 左の壁画はラスコーのものですが、同様の壁画が見つかっています。岬の先、海中にのみ洞窟への入口があることから、いままで発見されずにいたそうです。


洞窟の壁画(ラスコーの一例)

 紀元前18世紀から紀元前8世紀頃の青銅器時代のプロヴァンス地方にはリグリア/ケルト人が定住しており、ニーム近郊のナージュ(NAGES)、エスタック丘陵の付け根のサン・ブレーズ(ST-BLAISE)、そしてエクス郊外のアントルモン(ENTREMONT)台地に都市を建設して暮らしていました。
 一般庶民は山間部で粗末なボリーのような建物に住んでいたのかも知れません。


リュベロン山中のボリー

 彼らは紀元前7世紀頃から移住してきたギリシャ人文化の影響を受けます。サン・レミ・ド・プロヴァンス近郊のグラヌムの遺跡はギリシャ文化の影響を受けた先住民の都市でした(その後ローマ文化の影響を受ける)。サン・ブレーズ遺跡の城壁にもギリシャの影響が見られます。
 ギリシャのフォカイアからの移住者は紀元前600年にマッサリア(マルセーユ)を建設し、後にローマ帝国の支援を受けて繁栄します。


グラヌムの遺跡

 一方、交易の富を狙う地元サルウィ族の略奪に手を焼いたマッサリアは、ローマ帝国のセクスティウス将軍に依頼して、紀元前124年にアントルモンのサルウィ族の都市を滅ぼします。セクスティウス将軍はその麓の温泉地にエクサンプロヴァンスを建設しました。


アントルモン出土の彫刻