最終更新 2012/10/26四国・山陰・山陽 写真集
  

四国周遊
1970年、四国は卒業旅行で、はやっており、、広島に立ち寄り宮島YH経由で
道後温泉YH)、宇和島YH、足摺岬はユースがとれず、旅館。
逆回りの同級生2人とばったり、高知は城下の教職員宿舎がユースより安かった。
祖谷、栗林公園YH、高松、小豆島Hを周遊券8日フルに使って旅行している。
NikonFを持って、初めての周遊で、記念撮影が多くあまり風景写真は撮って
いない。大歩危付近から徒歩山越し、峠で開局のFM東京(このみアナ)が
聞こえ始め、お寺YHに泊まり、朝のお勤めが印象的だった。
高松では、ガイドブックの“さぬきうどん”2軒をはしごしたが、出汁加減が絶妙で
感動した。神戸時代、荒田市場の先生宅、となりがうどん屋さんで、遊びに行くと
おやつに卵とじうどんをとってくれるので、いつのまにか、家族でひとりだけ
“うどん派”になっていた。東海道で、大垣までは醤油からく、大阪は水っぽく、
因幡は甘く、九州はしょっぱくなる。
稲庭、氷見は麺がうまいし、きしめん、味噌煮込みもたまにはよい。
関東は、館林が有名だが、野田の醤油の中をうどんが泳いている。
東京のさぬきうどんは、相当塩味をきかせているが、それでも、
東京の人はみずっぽいと言う。


  

四国周遊は、その後、1975年に熊本から佐伯-八幡浜で、外周左まわりして、
松山-柳井から熊本へ戻り、1979年は東京から明石-岩屋から外周右周りで
旅行している。出張の際に、道後温泉で飛行機時間調整をしたこともあるが、
旅行ではルートの設定で徳島と室戸岬は車でしか行きづらく、高知城、足摺岬、
道後温泉は3度行っている。


  

山陰・山陽周遊
出雲方面は、神戸からも、東京からも遠い存在で、何度か計画したが
列車の便が悪く、初めて1975年5月に熊本から東京へ帰るルートで
列車旅行している。しかし、1975年8月には車で同じルートを北上し、
能登、高山、名古屋経由で熊本に戻り、1976年は1月、2月、
大山スキー場へ出かけている。
1978年は熊本で購入の中古車で東名-名神ー中国を夜間走り、
津山、岡山、広島泊、萩泊、鳥取泊、有馬温泉泊で東京へ。
1979年の四国周遊は帰り道として、三次経由、日御碕を見て、
東京へ帰っているが、20代後半の旅行は宿泊費用削減の
夜間移動が多かった。
1990年は2度目の熊本出向中だったが、納骨のため、
熊本から夜間、結構単線の多い九州-中国-名神を走り、
永平寺へ行き、熊本への帰りは一畑薬師、出雲大社、
秋吉洞へ寄っている。




山陽路は修学旅行(1968年)で、徳山(ソーダ)泊、
下松(日石)、光(武田)と錦帯橋、秋芳洞をみているが、
岡山、広島、山口県内は関連企業も多く、最近まで
よく出かけている。下関駅から、釜山行の港までは
テーマパークのようだ。




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