In 1996,Reports - Around of Japan by bicycle -


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旅のはじめ


 が傾いてきた。肌寒さを覚える。川からの風が冷たい。今日はどこにテントを張ろうか。あたりを物色しながら錦川に沿ってのびる堤防上の道を走る。河原の方に広場が見える。芝生が広がっていてテントを張るには良さそうだ。ただ、周りに何もないためテントを張ると目立ちすぎる。堤防上の道は結構人通りがある。さらに上流に目をやると竹林が広がっているのが見える。あの影がいい。
 河原に自転車をおろして竹林の影にテントを張る。マットを広げて寝場所を確保すると寒さを防ぐため上着を重ねる。一段落したところで早速夕飯の準備だ。お米を洗って火にかける。昼間買っておいた野菜を刻んで炒めた。夕食の支度が終わって食べ始める頃にはもう、あたりは真っ暗だ。錦川の流れの音だけが響いてくる。
 今日一日を思い起こしながら、静かに夕飯を食べる。

 月9日。旅の前日。いよいよというのに準備がまだ終わっていない。明日は朝7時の船だ。もう時計は午後11時を回っている。いざとなるとあれもこれもと用事を思い出す。キリがない。早く眠りにつかなければ明日の船に間に合わない。旅の初日に船に遅れたのでは洒落にもならないではないか。これで準備万端と思ってベットに入っても興奮していてなかなか寝付けない。いろいろ思いめぐるうちに地図は入れただろうか?船のチケットは入れただろうかと不安になってくる。そしてまた鞄をひっくり返すのだ。
 3月10日。朝5時30分。あまり寝てないにも関わらずスパッと目が覚める。さあ出発だ。早速準備にかかる。昨夜用意しておいたバックを素早く自転車にくくりつける。服装を整え、改めて部屋を見渡す。しばらくは帰ってこれない場所。別に寂しいわけではないが、感慨深いものがある。
「いってきます。」
誰にいうわけでもなく告げ、ドアを閉める。おや。手紙が入っている。昨晩はなかったのに。船の上で読むことにして素早くポケットに入れ、自転車をこぎ出す。さすがに重い。ずっしりとくる。半年以上の生活道具一式が積んである。松山観光港まで15分。まだ夜が明けきらない時間。自転車の感覚を試すにはちょうどいい。広島行きフェリーに乗り込む。

 よいよだ。ゆっくりと船が動き出し、陸地から離れていく。甲板にでて、離れていく松山の風景をいつまでも眺める。寂しい。悔しいが涙があふれてきそうだ。これから始まる旅の期待は大きいものの、やはり不安も同じくらい大きい。さっきの手紙を思い出し、ひろげてみる。親しい友達からの手紙だった。昨晩遅くに届けてくれたのだろう。手紙の最後に
「あなたの帰りを、あなたを愛する人たちとともに待っています。」
と書かれてあった。我慢しきれず涙があふれた。約9ヶ月半におよぶ長い旅の幕が開けたのだった。


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