In 1996,Reports - Around of Japan by bicycle -


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日本の農村


 川県へとはいった。小松市安宅の関祉まで海岸線を走りここから内陸の鳥越村へと向かう。鳥越村には紹介された方がいた。数日前から、電話してみるもののなかなかつかまらなかった。仕方なくあきらめて北へと進もうとしたが、最後にもう一度と思って連絡してみた。
「はい。」
つかまった。やれやれだ。
「あの、私愛媛大学の学生で竹下と申します。現在自転車で全国を旅しておりまして、5月に山口を通った時に〇〇さんにお世話になることがありました。いろいろお話をうかがっていたところ、〇〇さんのことを紹介していただきました。そこで是非ともお会いしたいと思いましてお電話させていただいたのですが。」
「いつ?」
「突然ですいませんが、現在小松市の手前まで来ていまして、夕方にはそちらに行けると思うのですが。」
「今日?突然、訳も分からない奴から電話が来たと思ったら、話がしたいから合ってくれだと。学生だからといって何でも融通が利くと思ってるんだろうけどな、人には都合があるんだよ。」
「すいません。」
「ま、紹介だから合ってやるけど、何にももてなさないからな。で、君。学部はどこだ?旅の目的は何なんだ。」
 旅の目的。一瞬息が詰まった、
「あ、あの。農学部です。農学部の土木を勉強しています。旅の目的は、えっと、自分の目でいろんなものを見てこようかと思いまして、それで人の紹介などを頼っていろんな方の話を聞いているんですけど。」

 の目的。
照りつける太陽に暖められ、温室のようになった電話ボックスの中でじっと受話器を眺めていた。
 こうして人にあったり、気苦労を重ねたりするのが目的ではなかったはずだ。もっと心のままに、自分の思うところへ赴くままに旅をするはずだったのだ。その姿が失われていくのを感じる。

 く険しい峠道を越え鳥越村に入る。坂をしばらく下ったところに「百姓共和国」と書かれた看板が目に入る。ここだろうか。誰もいない。
 東西を山に囲まれ、東側の山裾には小さな川が流れている。峠から西側の谷筋にそって、私が下ってきた道が一本続いていて、道と川の間に挟まれるようにいくつかの田圃と畑が階段状に連なっている。また道路と西側の山の間に何軒かの家が建っている。すでに日が傾いて、山に囲まれたこの場所から太陽の姿は見えない。しばらくぼうっとたっていると、右手の方からトラクターがやってくる。あの人だろうか。
 次第に近寄ってくるその人に声をかける。
「あの。先ほどお電話しました竹下ですけれども」
「あっ。俺じゃないよ。下の畑にいるよ。そのうち帰ってくる。」
 しばらく待っていると、白のバンが上がってきた。
「あの、竹下ですけれども。突然どうもすいません。」
「どうする?」
「あの、なにかやらせてください。」
 ということで、畑のピーマンとカボチャに草のマルチをかけることにした。草を刈ったものを集め、発酵させていたのでかなり熱を持っている。おまけに臭い。なかなかの重労働である。先ほどの男性と一緒に作業する。この方は息子さんだった。ここには、私のような流れ者が良くやってきては農業を手伝いつつ、居候するらしい。けれども、みな長続きせずに結局逃げていく。それを見るのがつらくて、最近では人が訪ねてきても合わないのだと。私の場合、知人の紹介があったから良かったのだ。日が暮れるまで作業をして家へ上げてもらった。晩御飯は材料を与えられたので、台所を借りて自分で調理する。いつもは外でやってるので楽なものだ。

 飯のあと、話をうかがった。彼は、消費社会がいやになり、勤めていた大手電気会社をやめ、何をすべきか考えながら日本やヨーロッパなどを放浪。農業を営むことを決意する。が、それだけでは社会は変わらない。各地で活動している人たちが孤立してしまっていることに気づき、そのネットワークを作り上げることに専念する。が、その矢先ガットウルグアイラウンドで農業の自由化が決定。農業の未来に暗雲が指してきたのを見て、何とかしなければと様々な活動を試みる。
 
 力のある語り、熱意に圧倒されながら、ただ、ただ聞いているだけであった。時に激しく私に意見を求めてくる。が、今まで日本の社会について、農業について深く考えてみたことがなかった私には、言葉が出てくるわけがない。言葉を激しくぶつけるように語る姿は、どことなく寂しそうだった。

 がつくと、周りの家々に明かりがない。周辺に数件の家があるのだが、そのすべてに今は人は住んでいないという。週末に町からやってきて、田畑を耕して帰るのだと。先ほどの息子さんもそうだ。今、このあたりにいるのは私と彼の二人だけだと。今の日本の農村社会の縮図を見たようだった。


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