In 1996,Reports - Around of Japan by bicycle -


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紀伊半島

 11月23日。伊勢市を訪れた。伊勢神宮はちょうど秋の収穫祭をやっていた。門前町では祭り行列が練り歩いていた。その夜。志摩磯部の木場公園にテントを張った。この公園は近鉄線の駅の裏にある。時折ホームのアナウンスが聞こえてくる。ほとんどが名古屋方面行きなのだが、中には大阪行き、京都行きがある。もうここから電車一本で京都まで行けるのだ。わずかなお金で。そう思うと、とうとうここまで帰ってきたという思うが沸々とわき起こってくる。同時に寂しさもまた。  翌日。海沿いの道を潮岬目指して走っているところ、久しぶりに荷物を満載したライダーに出会った。彼は5月の終わりに大阪を出発して、日本一周してきたという。しかしそれももう後2〜3日で終わるだろうと。ここのところちょっとブルーなのだと。私にとっても久しぶりの旅人であったためいろいろと話し込んだ。


 11月30日。少し雨が残っている。サイクリングロードを北上し和歌山市へとはいる。終点の紀三井寺を観光。紀ノ川のほとりで昼食をとることにした。河川敷に広がる駐車場の脇のブロックに腰掛けて、パンを取り出す。外回りの人たちだろうか、車の中で休憩している人が結構いる。単行本を開いて、さあ食べようというとき突然、すぐ横に留めてあった白いワゴンがゆっさゆっさと揺れだした。てっきり人がいないものだと思っていたため、驚いた私はじっとワゴンを見つめた。なにやら怪しい動きに”やれやれ”と思っているとしだいに揺れが激しくなる。時折女の人のうめき声も聞こえてくる。故意に手が触れるのだろうかクラクションが不規則になった。さらに、ドアを開けようとしている。

 子が変だ。すると、女性の声ではっきりと「助けて!!」と叫ぶのが聞こえた。
食べかけのパンと本を放り出して、急いで走っていきドアを開けると、女性の上に男性がのっかって首を絞めているではないか。
 男をはねのけて、女性を引きづり出す。あわてて男性も出てくるが、汚い私の姿に驚いたのだろうか、突然、手をついて謝りだした。どちらも非常に興奮している。もちろん私もだ。男性を叱りつけて、男をその場から離れさせた。しばらくの間、泣きじゃくる女性を慰めつつ事情を聞く。別れ話にカッとなった男が突然首を絞めたのだという。充分に冷静さを取り戻したのを確認してその女性を帰した。
 その後、急に怖くなった。もっと上手な対処の仕方がなかったのかと反省した。しかし何よりも、とっさに助けに行くことができた自分に満足した。ある意味これが、旅の成果なのかも知れないと、漠然と思った。


 12月6日。今日、大阪の知り合いに電話をした。紀伊半島の南端で一緒に泊まったライダーだ。5月から半年かけて日本中を走ってきたという。私と出会ったのは、そのたびの終了二日前だった。そのころすでにしみじみとしていた。
 彼は一週間ほど前から、ブルーだったという。そのころはもう寒くてテントを張ることもなかったそうだが、最後にと私と一緒に河原でテントを張ったのだった。よく冷える夜だった。たき火をして暖まりながら、酒を飲んで旅の話をした。楽しかった。けれども彼は少し寂しそうだった。
 私にも、近いうちにこういうときが来るのだろうと覚悟した。そう思ったからこそ、一生懸命話をした。
 あれから10日あまりたつ。当然、彼はもう旅を終えていた。帰ってからボッーとしているという。まだ旅をしている私がうらやましいといい、声をつまらせた。
私は気づかない振りして、最近あったことなどを話した。とても切なかった。もうすぐ先の私の姿を見ているようだった。今日、改めて旅の終わりを感じた。


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