「ガリバー」というマガジンハウス発刊の雑誌が今もまだあるのかどうか知らない。
だがこの旅行誌にしては薄っぺらな本が発端となって
94年の旅のプランは始まったのだった。
これまで宿泊の予約は旅行社か現地でのインフォメーション、
あるいはカード会社のサービスシステムにお世話になっていたのだが、
その雑誌の「FAXでホテル予約しよう!」という記事を読んで
やってみたくなってしまった。
98noteと一太郎でFAXフォームをつくり、ガイドブックで
適当なホテルをピックアップし、当時はFAX機を持っていなかったので
友人に頼んで送ってもらった(もちろん電話代は負担したが)。
まず希望日時と料金の確認をすると、さまざまな反応が返ってきた。
予約が満杯なためとお断りの走り書きを寄越すところもあれば、
ホテルのリーフレットを郵便で送ってきたところ…。
そういう封書は遙か地球の裏側からかの地の匂いまで
運んできてくれたような気がした。
ただアイルランド情勢が不安定な時期であったためか、
向こうから来る手紙はすべて封が一度開けられていた痕跡があった。
予算や日程を調整して最後に予約を入れ、
それに対するOKの返事のFAXをカバンに詰めて意気揚々と出発した。
季節は7月初旬であるので昼が長い。
ダブリンのホテルに着いたときも辺りはまだ明るいのだが、
時間的にはすっかり夜で(この地球を半周する旅はいつもそうなのだが)、
朝日本で起きてからすでに24時間はたっている。
シャワーを浴びて早々に眠りについた。
翌日、空はあいにく雨模様だった(この旅は終始雨に悩まされた)。
中央バスターミナルに行って、次の目的地である
ウェックスフォード行きのバスを待つ。
そこのホテルは地図を見るとウェックスフォードの中心街より離れていて、
ちょうど長距離バスの通り道にある。
それで乗車するときドライバーに、バスの停車場所ではないけれど
ホテルの前で降ろしてくれるように頼む。
アイルランドの長距離バスは一応バス停は決められているのだが
そういう点はかなり柔軟性があるのだ。
降りる場所を前もって言っておくと着いたら言ってくれるし、
(私はしたことはないのだが)道を歩いていてバスが来たら
手で合図をすれば乗せてくれる。
ホテルは川の畔にあるリゾートぽい雰囲気のところだった。
広い駐車場があり、宿泊客のほとんどは車でやってきているようだった。
スラニー川沿いに美しくガーデニングされた庭があったが7月にしては寒く
天気の悪い日が続いたので、そこでくつろぐことはあまりなかった。
この街の反対側の郊外にはジョンズタウン城というゴシック様式の
堂々としたお城があるが、今回はホテル近くの国立ヘリティジパークに
行くことにした(なんと歩いて行けるくらいに近かった!)。
ここは紀元前の石器時代から8世紀のヴァイキング来襲くらいまでの
アイルランドの歴史が再現されている場所だ。
そこでそれほど複雑な行程でなかったにも関わらず私は
途中で道に迷ってしまった。
たまたま通りかかったその公園の作業員らしき人に出会い
軌道修正してもらったのだが、彼の話す言葉はたしかに英語らしいのに
発音が全く理解できなくて少なからずショックを受けてしまった。
ダブリンに戻ってきて、いつものように街歩きと
郊外にあるお気に入りのマラハイド城へ行った。
いずれも良い天気とはいえず、
市のショッピングセンターに買い物に出掛けたときなど凄まじい通り雨に合い、
しばらく知らない店の軒先で雨宿りすることになった。
ダブリンの中心部はもう頭の中に地図が出来上がっているのだが、
その前に来たとき気に入ったお店が3軒もなくなってしまっていたのには
びっくりしてしまった。
業績不振で商売自体をやめてしまったのか、
それとも移転しただけなのか分からないがやはり少し寂しい気がした。
そこで買ったセーターやポストカードは今も大切に持っているので
何だか余計に切ない。
ところで、よく知っているダブリン周辺なのだがまだまだ実際に
足を運んでいないところが数多くある。
今回の旅でも最後の日に2カ所行きたいところがあったのだが、どちらも
交通の便が悪く結局パワーズコートにしか行けなかった。
ここはロン・ハワードの「遙かなる大地へ」のロケが行われたところと
現地でもらったリーフレットに書かれていた。
広大なイタリア様式の庭が有名でまさに貴族の荘園そのものだった。
パワーズコート最寄りのバス停で降りてその入り口に辿り着くまで
かなりの距離を歩いた。
ときどきこれで道は合っているのだろうかと不安になるくらい
長い道のりだったが、両端を大きな木々が続いてまるで
緑のトンネルのような不思議な空間だった。
ひとけも殆どなく私は何度も足を止めて、その緑の小径を見渡した。
ふいに緑が歪んで、そこから妖精でも飛び出して来そうな…
風にわさわさ揺れる木々のざわめきにすうっと吸い込まれて行きそうな…
そんな小径だった(なぜかパワーズコートそのものより印象深い)。
あと何時来られるか分からないが、いつかきっとまた来るからと
誰に言うでもなく、何度も心の中で繰り返していた。
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