最終更新日 2017/08/17 神戸海洋気象台と神戸市立山手小学校の界隈

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1 神戸海洋気象台
神戸海洋気象台は宇治野山の上にあり、掘割筋を経て生田中学校があった。
左写真は小さい頃、大変お世話になった病院屋上からの気象台の全景を撮影。
二本の鉄塔と露場下にコンクリ塔がある。右の鉄塔は登る梯子がなく簡単に
登れなかったが左は露場から梯子が付いており先端まで安全に上れる。
風力計のある塔は下部が梯子、上部が螺旋階段で、下から登っていた。
屋上は広場で裏側は屈折250mmの天体望遠鏡があり、彗星がくると官舎の
子供たちに見せてくれた。中央階段は“かもめ”と“ヨット”のステンドグラスで、
暗いが歴史を感じさせる建物であった。
階段下に暗室があり、奥が地震観測室で、すすを付けたドラムが多数あった。
石階段左の本館は半分が焼け跡で、鳩の巣があり、子供の遊び場だった。
石階段は、集合写真にむいており、子供の頃の写真はこの付近が多い。
お花見の桜、笹舟の側溝、北の急階段、1964年に垂水区狩口の官舎へ転居したが
1歳に北官舎、4歳から南官舎で、少年時代を過した自然豊かな山であった。

気象台下に“関帝廟”があり、傾斜した道路で中国の映画会があり、地獄絵灯篭の
お盆はにぎわっていた。その先の熊野神社は夏休みのラジオ体操会場。
北官舎の川向こうは盆踊り広場があり、再度市場は一番近い市場で奥の理髪店に
通っていた。その先が武徳殿の球場で奥に湧き水があった。
北官舎から、荒田方面に特異なドーム(鑑別所)が見えていたが、
1958年、官舎の再度山ハイキング写真の背景に写っていた。

気象台跡は立ち入り禁止で、入れないが、北官舎の周りはジャングルとなっていた。








 







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リンク(気象台・山手小関係):ザ・ランス

2 神戸市立山手小学校と中山手通り
山手小学校は神戸最古のコンクリート校舎と、講堂に人力車の写真とともに
書かれていた様に思うが、当時は珍しく、4階に講堂があり、油引き廊下で、
上履き、給食袋を持たない狭い校庭の学校だった。校章は市内で最も多い
菊水でS31年入学は学年カラーが紫(その後水色のみ)、入学時の校名は板。
校名も入らず短いが山手小学校校歌はとても格調高い。となりが諏訪山小、
北野小も近くで過密だが、みんな生田中(布引中との出入りは2年先輩)へ
進み60人・17クラスと大変な時代。
6年間の歩みは、1年生の夏、水練学校は阪神電車で
浜甲子園、当時でも水は汚く、2年生から、市電で須磨になった。淡路島、
江井小と校舎交換のキャンプは、夜光虫がたくさんいる、須磨よりきれいな
海岸でとてもよかった。五年後、キャンプに行ったが、夜光虫はいなかった。

山手通りは市電が走り、真ん中4丁目が県庁で、北へ行くと山手小、金星台、
南へ行くと元町、メリケン波止場で、海から山まで2km弱しかない。

山手通りの名所は、関帝廟と山手小の向かいの相楽園。
いろいろなタイプの教会外観がよい。
同窓会が六甲荘であったことから、北野を観光して来た。

見学料が高額のため、外観の写真だけにした。









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「CC-BY-SA-3.0
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